【お耳拝借!】まずは今できることをやろう [2011年7月26日10:07更新]

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映画「アリ地獄のような街」上映会より NGOエクマットラ顧問 渡辺大樹氏
(11年6月号掲載)

NGOエクマットラ顧問 渡辺 大樹氏

とにかく現地に行って考えよう、行けば何とかなる。予備知識はできるだけ持たない、言葉もほとんど分からない、そんな状態で単身バングラデシュに渡って、8年半がすぎました。 

NGO「エクマットラ」をダッカ大学の仲間達と立ち上げたのが2004年。ストリートチルドレンを支援する活動を始めました。青空教室を開いて一緒に遊んだり歌ったり。それから家がない子のために共同生活の場「シェルターホーム」も作りました。

現在は、子ども達が自力で生きていくのに必要な技術を身につけるための教育支援施設(エクマットラアカデミー)を設立しようと、日々奔走しています。



異常な光景が日常化している現実  

映画「アリ地獄のような街」は、同国首都ダッカのスラムに住む子ども達が大人の思惑に絡めとられ、犯罪に巻き込まれていく様子を描いたドラマ。知らないうちに子どもが死体を運ばされるなど、作中のエピソードは実際に同国で起きた事件を元にしている 

この映画を見終わった後は、あまりにインパクトが強いせいでしょうか、会場の空気が悪くなってしまって(笑)。その理由の1つに、元々この映画は日本で上映することを前提にして作ったわけではない、ということがあると思います。 

バングラデシュは非常に貧しい国という印象があると思います。確かに貧困層は多いのですが、その一方でもの凄い金持ち、日本では想像もできないような富裕層も存在する。経済格差が極端なんです。 

活動を始めて富裕層の人々にも支援をお願いしに行きました。ところが「なぜ自分たちがそんなことをしなければならないのか。そういったことは外国からの援助で対応するものではないのか?」

歴史的に災害などが相次ぎ、海外からの援助を受けるのが当たり前という感覚になっているんですね。そういった問題は援助で何とかするもの、だから自分たちには関係ない、と。 

街を歩けばストリートチルドレンや物乞いがどこにでもいる。そんな光景、現実がごく普通になってしまっている、見えているのに見えていない。現地の若者や富裕層の目を現実に向けさせ、自分たちの問題として捉えてもらうには-。そのための手段として映画を選んだわけです。

タイで見た光景  

今でこそこのような活動に取り組んでいますが、それまではボランティアなどにはまったく縁がなかった。大学時代はヨットに熱中する普通の学生でした。 

ある時、タイのプーケットでヨットの大会があったんです。世界中から金持ちが集まるような大会です。そこで、生涯忘れられない光景に出会いました。 

2階建ての豪華なバスに乗り窓から外を眺めていました。ふと気が付くと延々とスラムが広がっている。バスのそばに汚い格好をした男の子が立っていて、その子と目が合ったんです。その瞬間、それまでに経験したことのない衝撃を受けた。 

なぜ自分は彼を見下ろしているのか。たまたま日本の普通の家庭に生まれた、ただそれだけなのに、この違いは一体何なのか。激しい怒り、憤り、無力感に襲われました。

レースが終わって帰国してからも、その思いが消えることはありませんでした。人生の大きな部分を掛けてもいいのではないか、これも1つの縁ではないか。何ができるか分からないが、とりあえずやってみよう。それで大学を卒業して資金を貯め、バングラに向かいました。 

よく人に聞かれるのですが「なぜタイではなくバングラなのか」。どうも自分は思い込みが激しくて(笑)。小学6年生の時の読んだ教科書にサイクロンや水害で苦しむ最貧国として扱われていた。それが心の中に残っていて、違和感なく結び付いたんでしょうね。

1本の線のように  

ダッカではこれまで17大学で上映し、約1万2000人が見ました。多くの学生が「衝撃を受けた」「自分たちが何とかしなければ」といった感想を述べてくれて。熱くなりやすい国民性なんですけど(笑)、そんな彼らの動いた心を何らかの形につなげる、何かしら行動を起こすきっかけになれば。 

周囲からは「大変でしょう」と言われますけど、まったくストレスは感じません。元々大きな構想を持って始めたわけではないし、正義感や「自分が何とかしてやろう」といった気持ちもない。まずは今できることをやろう、現地の人たちと楽しく付き合おう。こういう発想って、すごく大切だと思います。 

エクマットラとはベンガル語を表記する際に文字の上に書かれる1本の線のこと。社会的弱者に教育や情報、チャンスを与えつつ、多くの人々に自国の問題に目を向けてもらう。そして、両者を1本の線でつなぐことができたら-そう考えながら、活動を続けています。

 

渡辺 大樹 <わたなべ・ひろき>
1980年生(31歳)、神奈川県出身 金沢大学文学部卒
現在、エクマットラ顧問  2010年、人間力大賞(主催・日本JC)グランプリ受賞 
★同会は映画の上映主催者を募集しています。【問い合わせ先】045-212-5559 (担当:関根) 
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★本紙で再構成しています