口福探訪シリーズ;鮨職人④ [2015年6月23日11:54更新]

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巷のテレビ番組では、料理人デフレとも思えるほど様々な料理人が出ているが、先日名シェフ紹介のグルメ番組を見た際に愕然としたのは、使っている食材が業務用の冷凍食品で、これでは料理人でなく、調理人ではないか。

料理人ランク分けの最高峰とされるものの、“フランスの国際企業だけに、外国人を雇用している店舗は評価が高い”などと揶揄されているミシュランガイド。発売地域では様々なハレーションが発生しており、昨年福岡・佐賀版が発刊された地元ではどうかというと、逆にミシュランガイドそのものに対する皮肉な評価が湧き上がった。

今回訪れたのは、そのミシュランガイドでシングルスターホールディング(☆ひとつ)店として139ページ目にノミネートされた、“たつ庄”である。ここで食した誰もが感じるであろう疑義は、ミシュラン評価の妥当性に対する問題だ。そう、余りに不当な過小評価なのだ。すなわち、3ツ星相当がこの店の正当な評価である筈だ。

ハァ?何が一つ星か?!

味の分からぬ残念なリーマン審査員がジャッジした評価に意味は無いが、多分次回刊行時には、相当の評価に置き換えられるものと確信しているし、また、そうでなければミシュランガイドブックの正当性に対する疑義が噴出するのではないか。

前置きが長くなったが、今回お邪魔した“たつ庄”は、「庄」の字が語るように、歴史と伝統ある「河庄」出身の店主であり、今年10月で開店8周年となる。伝統を守り抜くと言う点では保守派だが、改革を忌避しない点で守旧派ではなく、その味は既に出身母体を立派に超えている。福岡は、酒のアテに軸足を置いた、つまみ重視系の割烹寿司が多い中で、“たつ庄”は数少ない本種本流の和食鮨と評したい。

鮨の旨否を決定付けるシャリは、古米が配合されているのではと思われる。その艶、香り、味、粘りともに最高。聞けば、某銘柄米との事で、この銘柄は冷めると不味い品種の筈だが、その概念を一掃するほどだ。酢飯の味付けとして、地元特有の甘ったるさを排除した点は特に高く評価したい。シャリが一粒ひとつぶ、粒立っているのが良くわかる。そして、米一粒ずつの輪郭が口腔内でハッキリと分かるのである。これは、コメの表面が砂糖で犯されていないからであろう。
常連からは、旨いものしか作れないと賞され、若手料理人達からは目標とされているのが店主の立石修二氏(45歳)。魚種ごとに、〆た後最も美味となる時期を知悉しているようで、エイジングされたアラの熟成振りには感動すら覚えた。愚直なまでの、味の求道者といえる仕事ぶりである。車海老もボイルと塩加減が絶妙で、尚且つシャリの上で踊っているかのような風体の握り方。アナゴは醤油の加減が絶妙。思わずうなったのは、アオサ入りの潮汁。一体どのような工程が伴えばあのようなアウトプットになるのか、謎は深い。時間と包丁で味付けする名料理人でありながら、未だ満足はしていないという立石氏。

秘密のベールに包まれたミシュラン獲得店の実態を、店主承諾の元、福岡県民新聞読者のみに公開しよう。しかし、言葉や写真でその味を表現する事は不可能であり、体験しなければ決して分かるものではない事を書き置く。

それでは訪店前の予習の為、紙上食事会を開始する事としよう。

◆鯛の昆布締め|煎り酒が利いている一品。味が分かる大人にこそ味わってもらいたい。
本鰹|この時期は、葉鰹よりも美味。藁で燻っている。味と香りとのバランスが絶妙。

太刀魚|皮だけは固い為、炙りで。温度変化も喰らわせる。料理は化学反応だと気づかされる。

赤身|宮崎産_エイジングは二週間。女体とマグロは腐る直前が美味などという美食家も、中にはいる。


そしてアワビ。_結構年配のもの。臭みがないツメは、煮汁を使っていないのではと思われる。醤油も複数のブレンドでなければ、あの味は決して出せない。

アナゴ|ワサビとツメで。最適な煮込み手業。味も香りも全く飛んでいない。お見事。

◆潮汁|これは危険な一品。その味は、写真でも言葉でも表現できる範囲を超えており、一度食したらアウト。習慣性が高い。

地タコ|長崎産_乳房のような柔らかさ。しかも、食感が味とバーターになっていない。一体どのような工程を経ると、このような素晴らしい食感と深い味わいになるのか。

おこぜ|調味料は時間。かぼすとのマッチングが絶妙♪その技で、魚たちは口の中で生を吹き返す。


たつ庄
福岡市中央区高砂一丁目19番28号 エスポワール渡辺通南102
電話 092-522-3390
営業時間 昼11:30~14:00 夜18:00~22:00 日曜日休み

◆料理人と客との関係は、カギと錠であり、合う・合わないが存在する。しかしこの店に限ってそれは全く当てはまらない。口腔内で踊る鮨には誰しもが唸り、誰しもが驚き、そして多くは感涙を流す程である。接待で赴いた他店での事だが、「ごひいきはどちらで?」と聞かれ、『たつ庄!』と答えるや大将のスイッチが入り、趣向を凝らした良い物が出て来るという経験もした。それほどまでに同業筋でも名の通った店である。貴方の行き付けはその名を出した時に、果たして同業にプレッシャーが掛けられる店であろうか?