焼酎王国 崩れる蔵元・小売業者の関係 [2007年11月2日08:46更新]

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(07年10月号掲載) 

居酒屋に並ぶイモ焼酎全国的な「本格焼酎ブーム」と言われて久しい。今や福岡でも完全に定着し、多くの方が居酒屋や自宅で愛飲されていることだろう。特に鹿児島など南九州で生産されるイモ焼酎はその銘柄も多く、プレミア価格で取引される物もあり、ブームの中心にあった。

だが本格焼酎の出荷量は昨年からその伸びは鈍くなり、ブームは沈静化。そんな中、鹿児島の有名酒造メーカー(蔵元)と地元小売業者による裁判が続いている。

「ブームのせいで蔵元と地元との関係が崩れてしまった。裁判はその象徴」(酒造メーカー関係者)。焼酎王国・鹿児島で今、何が起こっているのか。
(写真=居酒屋「いきなり屋」福岡市中央区警固)



有名蔵元を提訴

「私たちは単なる製造と小売の関係ではなかった。蔵元を支え、一緒に『焼酎文化』を守って来たという自負と信頼関係があった」。こう話すのは鹿児島市の酒販店連合会「一九会」会長の粟国朝夫さん。「だが今は何も信じられませんよ」

一九会は、酒のディスカウントショップ(DS)の登場に危機感を持った小売店4店が作った勉強会。この会が「佐藤黒麹」、通称「佐藤の黒」で有名な「佐藤酒造」(鹿児島県姶良郡)を相手に約2億円の損害賠償請求を鹿児島地裁に起こしたのは02年末だった。

焼酎ブームに乗り、まさに「佐藤」の名が全国へ知れ渡る最中の裁判沙汰に、地元業界には衝撃が走った。

「すべて会が考案」

訴えによると、一九会は91年に結成され、DSに対抗するため「定価で売れる焼酎を」と、問屋経由でDSに流れないプライベートブランドの立ち上げを計画。生産委託する蔵元に佐藤酒造を選んだ。

佐藤酒造は焼酎を製造し、一九会はそのネーミングや宣伝などを担当。「佐藤」という名前やラベルの文字・デザインなどは一九会が考案。これに関する経費はすべて会が負担した。

こうして93年、「佐藤白麹」が誕生。当時のラベルには発売元は一九会、製造元は佐藤酒造と明記されている。人気はすぐに爆発。佐藤の販売は一九会加盟が条件だったが、販売希望店が他府県にも広がった。

佐藤酒造は、ほかの店に卸す価格を一九会に卸す価格より高く設定し、差額を「プール金」として会に支払うようにした。

蜜月関係の崩壊

97年には「佐藤黒麹」が登場。さらに人気を集め、マスコミにも取り上げられて一躍全国に知られるようになった。ところが佐藤酒造は00年以降、プール金の支払いを停止し02年からは4店への出荷もストップ。プール金の支払いと、出荷停止によって生じた損害の賠償などを求め、一九会が提訴するにいたった。

今年1月にあった一審判決では、「佐藤」誕生の経緯などについては一九会の主張を認定。その上で「商売が両者の信頼関係の上に成り立っていたことを考えると、契約を解除する際に協議するべきだった」として、佐藤酒造に計約1500万円の支払いを命じた。一方、出荷停止に関する賠償請求は却下した。

この判決後、両者とも控訴し、現在は福岡高裁宮崎支部で審理されている。

「4年間で受け取ったプール金は4店で150万円。それも、全国各地で開いた試飲会や説明会の経費で消えた」と語るのは粟国さん。「ですが、私たちは金が欲しいのではない。ただ誠実に対応してほしかっただけ。それと、全国の小売業者への問題提起でもあります」

なお、佐藤酒造は取材に対して「ノーコメント」としている。

ブーム後に残るのは・・?

現在、鹿児島県内に約100あまりある焼酎の蔵元。「大手メーカーを除き小規模生産の蔵元が多いため、地元の小売業者と強固な関係を築き、地域ごとに特色のある焼酎が飲まれてきた。今はそれも崩れつつあります」。そう話すのはある酒造メーカー関係者だ。

ブームによって、地元の業者から都市圏の業者に乗り換える蔵元が増え、地元との信頼が崩れたから―という。「お互い信頼関係があったから、昔から契約書なんて作らなかった。そのおかげで、蔵元から切られても泣き寝入りするしかない。一九会の件はその一例です」(メーカー関係者)。

佐藤は現在、生産する焼酎の多くを都市圏に向けて出荷。そのため鹿児島では1本1万3000円と、地元にもかかわらず信じられない価格で販売されている。

本格焼酎ブームのおかげで、それまで「いつつぶれてもおかしくない蔵元がゴロゴロあった」(ある蔵元関係者)という状況が、劇的に変わった。だが現在、ブームは下火となっている。「造った焼酎が売れず、タンクに貯まったままの蔵元が、すでに出始めています。結局、今回のブームの根底にあったのは、長く地元に愛されてきたという歴史です。ですが、地元にソッポを向かれるようなことをすればどうなるか。そういう危機感はあります」(同)。

ブームはいずれ去る。その時、鹿児島の焼酎業界に何が残るのか。苦しい時に支えあってきたはずの小売業者を、安易にブームに乗って軽視した、その果てに待つものとは?

「業界に失望した。正直、こんな商売はもう止めようと思うほどですよ」(ある小売業者)。