自民党亀裂進化という「定説」の嘘 – 進む福岡県自民党の闘う態勢づくり [2012年6月14日18:56更新]

タグで検索→ |

noimage

福岡県自民党 最新事情

一時は福岡3区の自民党公認候補として確実といわれていた樋口明県会議員が立候補辞退を表明した。背後で何があったかはともかく、この事態を契機に武田良太衆議院議員の活躍が話題になった。樋口氏を降ろして、古賀篤氏に一本化したのは武田氏の力だという風評である。実際、「古賀一本化」の事実をいち早く掴んだ西日本新聞が報道した際には、武田氏は担当記者に怒りを露わにしたという。きちんと土俵を作ってから発表する予定だったのにというのがその理由だ。武田氏の県連会長としての評価が上がるのに対し、樋口氏を推していたといわれる蔵内勇夫県議・県議団団長が引き下がったなどの評価も流れ、現在ではそれが定説になろうとしている。たしかに福岡県の自民党は昨年の福岡県知事選以来、ガタガタしているという見方がある。では実際どうなっているのか。  

樋口氏辞退は蔵内氏の想定内

樋口氏が辞退した話について、蔵内氏の知人は「別に蔵内県議は樋口氏を推していたわけではない。新聞報道前にすでに樋口氏が引くことは耳に入っていたようだ。彼の想定内の事実だったのではないか」と語った。確かに樋口氏の立候補表明は、彼個人の判断でなされたもので、誰も相談していなかったという。それで早すぎた決断だったという声もあるが、一概にそうはいえない。最終選考で不利になったとはいえ、12人が公募申請した中で、現職財務官僚とともに最後の2人にまで選考委員会で残ったという事実は、彼の力が評価されたということだ。さらに3区の実力者太田誠一氏の力を借りる形で、つまり後継候補として名乗りを挙げるのではなく、あくまで一個の政治家として意志を表明したことは、樋口氏の政治家としての人間力を確認させるものである。要するに福岡県を代表する国会議員候補としての資質を持っていることを指し示したのだ。

蔵内氏は樋口氏の表明について「反対するものではない」としたものの、積極的に推したわけでもないというのが事実である。むしろ県会議員である樋口氏の立候補には後ろ盾があるはずという邪推から、背後に蔵内氏がいると勝手に読み込んだ政治通が、3区自民党候補者は樋口氏で決まりという「結論」を流し、今度はそれがはずれたため「蔵内氏が引いた」なる定説をふりまき始めたというのが真相といえよう。  実際、武田氏は県連会長として4区、10区での候補者調整で辣腕をふるってきたが、背後では麻生太郎氏、古賀誠氏、蔵内氏との間での根回しを行ったうえでの動きだった。候補者一本化には、複雑な思惑が絡みあう。それぞれの候補予定者につながる実力者が我を張っていては、まとまるものもまとまらない。県連会長としての武田良太氏の決断力はもちろん、麻生氏、古賀氏をつなぐ蔵内氏の存在が大きかったことはいうまでもない。

存在感増す大家議員

確かに昨年の知事選挙以来、福岡県の自民党はギクシャクした感があった。一度は自民党福岡県連が決めた知事候補としての蔵内氏を否定、分裂選挙も辞さずという形で動いたのが自民党内反主流派であり、麻生氏はその顔として小川洋氏擁立に固執した。松尾新吾九電前会長までもが小川氏歓迎論をぶち上げて、小川洋知事が誕生した。その遺恨があるという観点から県政界を分析するなら、亀裂があるという見方はあたっている。だが、同時に政治は生き物である。自民党自体が今後立ち行くかどうか、中央政界をみるまでもなく難しい局面を迎えている。

こうした新しい動きの象徴が大家敏志国会議員の動きである。来る6月11日朝8時から、久留米市のホテルマリターレ創世で開催される大家敏志後援会の朝食会講師は蔵内氏で、テーマは「九州自立」である。

ちなみに昨年の筑後、北九州、福岡で開かれた大家氏の朝食会講師は、麻生太郎氏と小川福岡県知事だった。麻生派の福岡県選出国会議員として、高島福岡市長、小川福岡県知事の誕生に尽力した、麻生派のプリンス大家氏の朝食会講師としては当然のことだが、このことは県内自民党の麻生派vs古賀・蔵内派との亀裂の象徴として揶揄的に取り上げられた。

ところが今年の朝食会の皮切りとして催される、大家敏志筑後後援会の朝食会の講師は蔵内氏。両者の亀裂が修復され、新しい形が作られつつあることを示す事態である。麻生氏の相談相手として行動を共にすることの多い大家氏が、ここにきて積極的に蔵内氏との関係を再構築するために動いているという噂はかねてからあったが、それが奏功したと見て良い事実だろう。県政界の実力者は「麻生さんが福岡政界で蔵内氏を頼りにしていることは昔も今も変わりない。大家国会議員がそのために汗をかいている、という見方が妥当」と、この事実を評価する。

自民党県連の戦う態勢づくり

麻生太郎氏と話した人物は麻生氏のことを次のように評価する。

「やはり首相までやった人は違う。日本の国家リーダーとして修羅場を経験してきた、人間としての凄味がある。マンガ好きとか漢字を知らないとか茶化されるが、一度会うとどんな人間でも太郎ファンにしてしまう。人に頼られればできる限りのことをする。人が去っていってもそれを追わない、ましてや恨みにも思わない。さわやかに「そういえば彼は元気か」、と人に聞くような人柄でもある。喧嘩しようとしてもそれをサラリとかわすゆとりもある」。

このような麻生氏にとって、ノドにひっかかった小骨が知事選以来の亀裂であった。その意味で、今回の大家氏の動きは歓迎すべきものである。いや、大家氏が派閥の領袖・麻生氏の意を汲んで、積極的に動いたというフシもある。勝利が約束されていた民主党との決戦・次期総選挙も、橋下維新の会やみんなの党などの動きで、さほど楽観視出来ない状況が生まれつつある。

ある意味、結束が求められる中での今回の動き、麻生氏、古賀氏、武田氏のすべてが望む、福岡県自民党の体制づくりが歩を進め始めたといってよいのではないだろうか。