就任1年、小川知事の実績 [2012年6月14日19:01更新]

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「県民幸福度 日本一」を掲げるも?

福岡県の小川洋知事(62)が4月下旬、就任1年を迎えた。「県民幸福度日本一」を掲げ、4期16年務めた麻生渡前知事からバトンタッチした1年生知事の船出の1年はどう評価されているのか。官僚出身者らしい手堅さ、対話型の姿勢を評価する声を背に「現場主義で多くの県民の意見を聞き、全力疾走で政策展開してきた」と本人が胸を張る一方で、オール与党のはずの県議会との交渉・対策は難渋続き。「何がやりたいのかわからない。方向性が見えない八方美人」「将来展望を示す構想力、政治的なリーダーシップに欠ける」と県政運営の資質を疑問視する見方も。1年の航跡を振り返る。

小川カラー

「幸福度日本一に向け、新たな一歩を踏み出すことができたと思う」。4月23日、就任1年の記者会見に臨んだ小川知事が成果として、最初に挙げたのは、北九州市、福岡市と共同申請し、昨年12月に政府指定を受けた「グリーンアジア国際戦略総合特区」と、過去最高の131万台に達した北部九州の自動車生産台数。もちろん、小川氏が無から生み出した成果ではない。自動車生産は言うに及ばず、特区計画もむしろ麻生前知事の構想を継承・発展させたといっていい施策だ。

会見では地域防災計画の見直し、再生エネルギー導入促進のほか暴力団対策、飲酒運転対策などにも言及されたが、前2者は東日本大震災の影響で全国的にどの地域でも求められている施策。後2者も発砲事件の続発や児童・生徒の死亡など重大事故が相次ぎ、実行を迫られた課題で、いずれも他律的な施策と言わざるをえない。昨年4月の当選後、県議会各会派から真っ先に求められたのが「小川カラーの発揮」だったことを考えると、残念ながら政策面ではそれほどの独自色はまだ出ていないと言うべきだろう。

県債残高3兆円

ただ、近い将来に5兆円規模に膨らむと見込まれるアジア市場を見越した国際戦略総合特区の指定に向けては、トップダウンで県政を引っ張った前知事と違う味も見せた。協調意識に乏しい福岡市、北九州市の連携に向け、調整役を買って出たのだ。北橋健治北九州市長や高島宗一郎福岡市長との公式非公式の直接会談を重ね、関係者に「新知事の行動力」を印象づけた。  実は3者がバラバラに申請作業を進めていた昨秋以前、政府の内部査定は北九州市がトップ、県が最低点。焦った県側が3者共同申請に動いたという裏面もあるのだが、そこは結果オーライ。水ビジネスをはじめとした環境関連産業のアジア展開、企業集積、技術移転など3県市の総合構想が全国7地点の特区指定に際し、政府に強くアピールした点は否定できない成果だ。

役所でも「頭ごなしだった麻生さんと違い、説明を辛抱強く聞いてくれる」と県庁職員の評価は上々。知事レクチャーが未明に及んだり、週末に知事公舎で職員を呼んでの勉強会を開いたりすることもしばしばで、稟議書の「てにをは」を一々指摘する細かさも合わせ、県幹部は異口同音に「小川さんは真面目、堅実」と口にする。

そうした「対話型」が裏返しになった面もある。麻生県政では財政再建が最大課題の一つだったが、あれもこれも詰め込んだ今年度当初予算は過去最大規模の1兆6313億円に膨らみ、県債残高も初めて3兆円を突破した。知事は「積極予算による景気対策は最優先事項だ」と主張するが、幹部職員の間からは「新規事業にほとんどダメ出しされなかった。意欲的だが、逆に総花的な予算になったかも」との声も漏れる。

県議会との確執

その当初予算案が、今もくすぶる県議会との火種の端緒になった。就任直後に編成した当初予算を審議する昨年の6月定例県議会。執行部との事前すり合わせを廃止した代表質問で、自民党が県の水素エネルギー事業の安全性を追及したのに始まり、民主、公明も含めた主要4会派が、次世代ディスプレー素材の製品開発を目指す「ナノテクノロジー戦略事業費」などを巡り予算案の減額修正を検討した。いずれも麻生県政から引き継いだ産業施策。麻生氏同様、通産省OBである小川知事にとっても看板視された政策だ。  予算修正の動きは知事側との協議で収まったものの、一方で県議会事務局に専従職員を配置し、予算約2000万円を計上した「政策支援室」設置も決まった。県議会側の要求を丸呑みする形だった。

議会側の攻勢はその後も続く。10〜11月の決算特別委員会中に執行部側が来年度予算編成方針を公表したのに反発し、審議を2日間空転させた上で、小川氏に「決算審査を予算編成に生かす趣旨を徹底する」「重要案件は議会に事前説明する」などを約束させ、謝罪させた。

さらに12月議会では東芝北九州工場の閉鎖発表を受け、「企業は円高や国際競争を戦っている」と東芝の判断を追認するかのような知事答弁に「事柄の重大性をわきまえず到底看過できない」と発言撤回を求める異例の決議を可決。その後の委員会審議で小川氏にまたも陳謝・訂正を強いた。同月中にはナノテク推進会議などを運営する産業・科学技術振興財団や水素エネルギー製品研究試験センターなど県外郭団体の一部事業廃止、縮小や自主財源確保を求める調査結果を公表。

矢継ぎ早の圧力のせいか、今年2月議会で可決された今年度当初予算では、水素エネルギー関連事業費が、前年度比で約2割削減された。

「巨額の県費を使って、なぜ福岡県が先端技術開発をする必要があるのか。それは国の仕事。水素エネルギー事業なんか、もうやめるべきだ」。こう公言するのは最大会派・自民党県議団の蔵内勇夫会長。昨春の知事選では一時、自民党候補として擁立された人物だ。結局は出馬を断念するに至るが、直前に麻生前知事が同じ通産省官僚OBとして小川氏を後継指名したことも一因とされる。その確執がなお背景として尾を引いている。そうした見方も根強い。

官僚気質

県議会を苛立たせた〝官僚答弁〟は取材記者にとっても悩みのタネだ。相次いだ発砲事件のたびに、記者からは「暴力団追放に、力強い決意をお願いします」とすがるような質問が飛んだ。ひとえに感情のこもらない平板なコメントが並べられるせいだ。何度も繰り返されるのが「行政、警察、住民、企業が一体となって立ち向かわなければならない」というフレーズ。決して「県が」「私が」と青筋を立てて力を込めたりはせず、「関係機関」と並列なのだ。

引き立て役への配慮も官僚主義だ。小川氏の後援会長は松尾新吾九州電力相談役(前会長)。福岡県と福岡市、糸島市は昨年10月に九電に原子力安全協定を申し入れたが、当初進展はなく、同11月の県議会防災エネルギー調査特別委では、「九電に対し弱腰過ぎる」と糾弾の声が上がった。今年4月、協定は無事締結されたが、中身は原子炉増設時の自治体の事前了解を盛り込まないなど、九電からの事故・トラブル時の情報連絡に特化したもの。「九電が呑みやすい条件で実をとった」(ベテラン県議)とも評価され、小川氏自身も「この短期間で締結にこぎ着けた」と成果の一つに挙げるが、より厳しい条件を盛り込みたい長崎県、佐賀県の自治体をよそに「(他の自治体との協議でも)この協定をひな形にしたい」(瓜生道明社長)と九電側を喜ばせる内容だった。

看板の「県民幸福度日本一」にも官僚気質が透けて見える。就任1年の会見で小川氏は「県民幸福度日本一とは、生活の安定と安全と安心を向上させること」と言及した。〝顔〟の見える独自施策よりも「大事なのは着実に政策を具体化し、成果を挙げること」とも。つまりは全方位で高得点をとる優等生主義、言い替えれば官僚気質に他ならない。 「小川カラー」が鮮明にならないのも無理はない。

正念場は2期目?

そんな中、今春発表した5ヶ年の福岡県総合計画 (2012〜16年)は自ら打ち出した唯一と言っていいハードルだ。産業、福祉、環境、教育など各分野にわたって県民約3000人の意識調査を基に作り上げた県民幸福度日本一を具象化する将来像。ポイントは「自動車生産を150万台にのせる」「保育所待機児童をゼロに」「飲酒運転による交通死亡事故を半減」など、121項目にわたって盛り込まれた5年後の数値目標だ。 「知事自ら200ページ近い計画書を全て精査した」 (県幹部)ほど力を入れた。

達成の度合いによって県政運営の出来が測られる、いわば遅れてきたマニフェスト(政権公約)。だが、ここにも官僚出身らしい留保条件がつく。数字は次期知事選(2015年)から1年後の目標で、年度ごとの達成状況を検証する仕組みも示されていない。

◇ ◇ ◇
政治の世界に入って1年。何が変わったかと問われた小川氏は「今までは上司がいたが、もう上司はいない。自分で考え、自分で結論を出して具体化する。その責任の重さを痛感している」と語った。官僚を脱皮できるのか。ベテラン県議の1人は「政財界に、まだ何人も〝上司〟がいるみたいだよ」と混ぜっ返すが、いずれにしろ政治家としての理念、真価、実行力を問う視線は厳しく注がれている。