福岡義士祭

12月14日は福岡市南区寺塚周辺が、一日だけ老人が多く集まり賑わうが、その理由は通称「寺塚穴観音」と呼ばれている興宗禅寺で「福岡義士祭」が行われるからの様だ。
師走の声を聞くと、何故かテレビに忠臣蔵が登場していたが、
最近の若者にとっては忠臣蔵の文字さえ、死語になりつつあるだけに、義士祭と言っても若い人の大半は知らないだろう。
福岡には歌舞伎の舞台として、博多区に立派な博多座があるだけに、時には忠臣蔵関連の演目を上演し、その時は役者の一行が墓参りに来れば、浅野内匠頭を始め赤穂四十七士の、墓の由来などがニュースとして報じられ、多くの市民が史跡を知ることになるのではなかろうか。



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博多座

博多座に北島三郎ショー「歌と共に」を観に行った。
直弟子でデビュー36年の原田悠里(熊本県天草市出身)と、同デビュー10年の大江裕(大阪府出身)を伴っての、17時に始まり19時過ぎまで休憩無しの2時間を超える公演だった。
北島氏は今年10月で82歳を迎えるが、2年前の9月12日に頸椎ヘルニアで首の手術をしたことを明かし、術後半年は歩くことも出来ない状態だった、と語っていた。
ステージ上では、素晴らしい音量はもちろん、若い人では中々出来ない魂の込もった歌声であった。
また、今年の春に次男を51歳で亡くし、親より子供が先に逝くことの寂しさ、辛さを涙で語り、観客も思わずに貰泣きする人も多く見受けられた。
フィナーレは観客と一緒に「祭」を、同氏が掛け声をかけ「♬祭だ 祭りだ (ここからは観客も一緒に)博多の祭りだよー」と一緒に歌い、楽しい公演は終了した。
その後は博多座を後にし、近くで夕食をとり、久しぶりに上川端商店街通りを歩きながら、同氏の「風雪ながれ旅」を口ずさみ、公演の余韻と共に家路に着いた。

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福岡の屋台

昭和の時代を経て平成となり、天皇陛下が生前退位の気持ちを国民に発表されれば、新しい局面を迎える可能性も大である。
戦後働く人たちが仕事帰りに、気楽に飲める場所として生まれた屋台も、設置場所が道路上のために、付近の住民などとトラブルも多々発生し、福岡市もその対策に乗り出した。
場所によってはテーブルなどを置いたり、裏には暴力団の影がちらついたり、価格表も無く高額請求をする屋台も現れ、一方では屋台の営業権も高い価格で売買されるなど、野放しの状態が続いて苦情が出ていたのも事実である。
福岡市が指導を強化し、道路使用面積も厳しく規制する反面、公衆トイレや給排水設備などが改善されたことで、今や福岡を訪れる観光客の大半は、屋台情報をネットで収集し、そこでの飲食を目的に旅行を計画するなど、福岡市民が余り知らない屋台文化を楽しんでいる。


福岡市も監視員を採用して、組み立て開始の時間から後片付けの時間まで、さらに道路使用後の清掃、営業時間なども厳しくチェックしており、観光客に喜ばれる屋台づくりを目指しているようだ。
福岡市は屋台基本条例に基づいて、観光の目玉になるような屋台や経営者を新規に公募するため、福岡市屋台選定委員会を設置した。
博多座近くの屋台では、公演中の役者や芸能人もよく顔を出し、今や名物になっている屋台もあり、福岡の観光の一翼を担っているだけに、観光客が福岡の夜を楽しめればそれで良い。


 

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