嘉麻市にある森のカフェ・ミュージアムNICO

福岡県嘉麻市にある馬見山(うまみやま・標高978メートル)の中腹に、平成29年4月から、母里聖徳(ぼりきよのり)、勤子(いそこ)さん夫妻が隣の田川市より移り住み、「森のカフェ・ミュージアムNICO」としてオープン、素敵なカフェとペンションを兼ね備えた店なので紹介したい。
母里さんは鉄の彫刻家の傍ら、地元嘉麻市の文化団体と共に、遠賀川の古代史の掘り起こしを進めている。
平成28年6月には、ペンション近くの馬見神社などを訪ねるバスツアーを企画するなど、県内から多くの古代史ファンが詰めかけた場所である。

筑豊と言えば炭鉱と思っていた人が多く、古代史や神社の伝承も興味を引く観光客も多く、そんな方々の要望に応えようとして、一旦は閉鎖されたペンションの再開に踏み切った。

母里さんの先祖は、大皿に並々と注がれた酒を一気飲み干し、日本一の槍を藩主から頂いた黒田武士の母里太兵衛である。
「フルーツと神話の里」の発信拠点を目指す、筑豊地区の嘉麻市方面に行く予定のある方は一度訪問して、母里さんの経営するカフェで食事や宿泊もしたら、その良さが実感できる様に思われる。

料理は彫刻家仲間で、日本イタリア料理協会員でもある渡辺浩二氏(佐賀県唐津市在住)がレシピを提供し、値段もリーズナブルで、楽しくイタリア料理が楽しめる場所となっている。

森のカフェ・ミュージアムNICO
住所 〒820-0322 福岡県嘉麻市屏1658-2「旧ペンションりんご村」
営業時間 11:00~18:00 ※ディナータイムは要予約。
※都合により土・日・祝日のみの営業とさせていただきます。
電話 0948-52-6303
FAX   0948-52-6313
駐 車 場  有
最寄り駅 JR桂川駅



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福岡8区に兵誕生

3月11日に投開票が行われた、福岡8区の福岡県嘉麻市選挙区で、自民党福岡県連の重鎮であった、故吉原太郎氏が急逝された事で、県議会議員の補欠選挙が行われ、吉原議員の身内である江頭祥一氏が立候補した。
しかし同選挙区は福岡8区選出の、目下話題の財務大臣麻生太郎氏の地盤でもあり、同地区出身の秘書である小田忍氏が、弔い合戦なのに食指を動かし、手を上げ自民党に公認申請を行い、
財務大臣の威を借り公認を手中に収めたのは言うまでもない。
当初は企業や団体の推薦を集め、国会議員並みの選挙を繰り広げ、有利に選挙戦を進めていたが、江頭祥一氏が地道なドブ板選挙を行った為に、無所属の候補者江頭祥一氏に2693票の差で、公認候補でありながら敗れる。
8区には自民党公認候補を破って、選挙に勝利し自民党に入党して、活躍している議員も多いところから、また1人頼もしい議員が誕生し拍手を送りたい。

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嘉麻市の次を読む

3月11日に行われた、嘉麻市の県会議員補欠選挙は、故吉原太郎氏の身内である江頭祥一氏(36)が、弔い合戦を旗印に立候補し、見事に初当選を果たした。
当初は過疎化と高齢化が進む選挙区で、副総理兼財務大臣の麻生太郎氏の秘書である小田忍氏(42)が、自民党の公認を取り付け有利な選挙戦を繰り広げていたが、国会議員並みの選挙運動で懸念されていたのも事実である。
加えて投票日の2日前から、森友学園に関する書類改ざんが大きくなる中で、財務省職員の自殺や佐川国税庁長官の辞任などが起こった。
麻生太郎氏が大臣に就任している財務省が中心だけに、記者会見の様子もマスコミで報じられていたが、実際の選挙情勢には余り影響も無く、むしろ筑豊の選挙区では義理と人情が、未だに生きていた証の選挙だった。
補欠選挙で江頭祥一氏が初当選したことで、来月8日告示、15日投開票で予定されている嘉麻市市長選挙が、混沌としてきたと言われ始めている。

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嘉麻市の補欠選挙

自民党福岡県連の実力者吉原太郎氏が、亡くなられた事で3月11日の投開票日に向けて、3人が立候補し激しい選挙戦を繰り広げているが、ここに来て地元出身の副総理である、麻生太郎議員秘書を務めていた、小田忍氏が少しリードしたようだ。
元来筑豊地区は炭鉱華やかりし頃の、義理と人情がいまだに生きている地域だけに、故吉原太郎氏の恩義を受けた人も多く、江頭祥一氏が直系の実子であれば、弔い合戦で圧倒的な強さを発揮したと思うが、何分にも吉原夫人の親戚だけに弱く、伸び悩んでいるのが実情と言われている。
過去の経緯もあって負けられない選挙だけに、麻生事務所も総力を挙げて支援しており、同選挙区にはかなりの創価学会票があり、今までの経緯からして今回は井上誠二氏に流れる可能性が高かったが、過去にはないことだが麻生事務所の責任者が頭を下げて喰い止めた事もあり、今の時点で小田忍候補に弱いが灯りがついたようだ。



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県議補選・嘉麻市選挙区 新人3氏が立候補予定

吉原太郎県議(83)の死去に伴い3月2日告示、11日に投開票される県議補選・嘉麻市選挙区(定数、改選数ともに1)に立候補予定の説明会が2月13日、嘉麻市役所であった。

2015年にも出馬した不動産会社社長井上誠二氏(59)、故吉原太郎氏の妻の甥で薬剤師の江頭祥一氏(36)、麻生太郎副総理の前秘書の小田忍氏(42)の3氏が出馬予定。
3氏とも、既に自民党県連に公認申請をしている。

2017年12月1日現在の選挙人名簿登録者数は3万3,593人(男性1万538人、女性1万8,206人)嘉麻市選挙管理員会調査。

前回の選挙では投票率48.78%で現職吉原太郎氏(80)が8,636票、井上誠二氏(56)6,312票。前々回(2011年)で吉原太郎氏11,531票、井上誠二氏5,684票と言う結果であった。

今回、注目されるのは、麻生事務所の猿渡所長が、公明党藤総支部長を通じて初めて創価学会筑豊文化会館を訪問し、支持依頼をしている点である。
他の2人も、当然、同じ様に公明党藤総支部長を通じて創価学会筑豊文化会館を訪問し、支持依頼をしている。

公明党は自主投票を決め、公明票5,000~5,500票の行方で当選が決まる。3陣営は公明票の獲得を目指し、ありとあらゆる手段を講じている。



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嘉麻市の補欠選挙

自民党福岡県連の重鎮だった、嘉麻市選出の吉原太郎氏が1月20日に83歳で急逝されたことで、補欠選挙が3月11日の投開票予定で行われる事になり、立候補予定者の3名は慌ただしく選挙準備を進めているようだ。
吉原太郎氏が突然現職で急逝されたことで、遺族は葬儀や法要に追われていたが、嘉麻市を選挙区とする麻生太郎副総理の秘書であった、小田忍氏(42歳)が余りにも早い出馬表明で周囲を驚かせ、慌てた吉原家は親戚にあたる江頭祥一氏(36歳)に白羽の矢を立てた模様。
過去2回の選挙で吉原太郎氏と戦い、敗れていた井上誠二氏はチャンス到来とばかり、16日出馬表明の記者会見を行った。
いずれも3名が保守系候補だけに、公明党は候補者の推薦はせず自主投票を明言しているが、ここに来て有権者の10%を占めると言われている、創価学会票の流れに注目が集まっていることは間違いない。

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嘉麻市の県議補欠選挙

福岡県嘉麻市選出の自民党県議会議員、吉原太郎氏は県議会の重鎮だっただけに、大勢の参列者で埋まった葬儀も滞りなく行われ、補欠選挙は3月2日告示、3月11日の投開票が決まり、早くも選挙戦は水面下で始まっている。
第1の候補者は吉原太郎氏の親族が、弔い合戦だけに名乗りを上げているものの、吉原姓でないのが難点だ。
第2の候補者は自民党実力者である麻生太郎副総理の元で、10年以上勤めている秘書の一人と言われ、地元有権者の間でも知名度は高い。
第3は過去の県議会議員選挙で、吉原太郎氏に敗れた候補者で、今回が最後のチャンスで出馬するようだ。
3人には夫々出馬に対する、現時点で三者三様の思惑があるが、三つ巴の戦いから誰か一人が早い時点で脱落し、最後は二人の戦いになるだろう。

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嘉麻市の県議補欠選挙

自民党福岡県連の重鎮であった、福岡県議会議員の吉原太郎氏が、1月20日に83歳で亡くなられ、県議会の議長経験者だっただけに、大勢の弔問客が参列して、盛大な葬儀が執り行われ静かに旅立たれた。
しかし時間は待ってくれず、50日以内に補欠選挙が行なわれる事が決まっているところから、水面下では静かに候補者の選定が進んでいる模様で、現時点で自薦他薦を含めた3人程度の立候補者が噂されている。



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飯塚市~どうやって活性化しよう!

今でこそ福岡市は九州で唯一、人口が増え続けている元気都市かもしれないが、明治以降の炭鉱資源が日本の近代化、工業化を支えてきた時代は、飯塚のみならず、筑豊があってこその福岡だった。
博多の料亭を支えていたのは数多くの筑豊炭鉱王だったし、川端商店街や中洲や玉屋百貨店に活気をもたらしたのも石炭であり、飯塚の和菓子は福博の街に溢れていた。

約60年前の三井三池争議に象徴される、エネルギー政策の大転換で、日本全国の炭鉱が閉山、筑豊地区も人口が急激に減少し、様変わりすることになった。
飯塚市は平成18年3月に周辺4町を吸収合併したものの、この60年間では14万人から12万人に人口が減少している。
田川市は昭和30年当時10万人を越えていたが、平成28年6月の推計人口は4万8350人であり、この60年間で半減したことになる。
嘉麻市にいたってはさらに人口減少が著しく、ピークだった昭和25年当時、11万人を越えていたにもかかわらず、平成28年6月の推計人口はわずかに3万8213人で、7万人以上が嘉麻市から出て行った勘定だ。

筑豊地区の各自治体は人口流出をつなぎとめるため、炭鉱跡地を工業団地に造成、税金優遇策を武器に県外からの企業誘致を促進した。
ところが昭和44年に旧国鉄篠栗線でトンネルが開通し、飯塚・博多間が直通になり、また九州縦貫道の開通などで交通の便が良くなると、国内の企業は安い労働力を求めて生産拠点を海外にシフト、ますます筑豊地区には目が向かなくなり、地元の人間が筑豊で職を探すことは厳しくなってきた。

一方、残された飯塚市内はあれだけ賑わっていた商店街も閑古鳥が鳴くシャッター街と化し、しかも時折見かける通行人は高齢者ばかり。
各市町村は活性化対策に頭を痛めているが、今のところ明確なビジョンを持ち合わせていないのが現状だ。

こうした中で新たに誕生した片峰誠飯塚市長には、大きな期待がかけられている。