千鳥饅頭

~老舗揺らぐ~

 千鳥饅頭を製造販売する千鳥屋は、寛永7年、1630年に旧佐賀藩で菓子舗「松月堂」として創業したと言われているが、その後飯塚を経て福岡市に移り、中興の祖と言われる故・原田ツユさんによって、「千鳥屋」の商号で全国ブランドとなった。

原田ツユさん亡き後に、7人の子どものうち男の子4名がそれぞれ別会社を設立、長男が東京で千鳥屋総本家㈱を、二男は福岡で㈱千鳥饅頭総本舗、三男は兵庫県西宮市で千鳥屋宗家㈱、そして四男が飯塚市で㈱千鳥屋本家として、各社独立採算制でグループを形成している。

もともとは1つの千鳥饅頭だが、原田ツユさんの他界後に遺産相続で兄妹7人が骨肉の争いを演じ、福博財界では話題になったほどで、それだけにグループ4社の争いは熾烈を極め、その象徴として今は廃屋と化した中洲明治通り沿いの赤れんがビルだろう。

それとともに昨年末から千鳥屋の噂が絶えず、特に東京の千鳥屋の資金繰りがかなり厳しく、年末も押し迫った福岡で資金調達を依頼した話が伝わってきた。

遺産相続で争った兄弟も年老いて現場から離れ、今は子供たちの世代になっており、新年が明け東京の店舗も営業しているが、情報を耳にした関係者は気もそぞろのようだ。  続きを読む