[2009年12月 2日 14:03更新]
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(09年10月号掲載)
鳩山政権に代わって政策も大きく方向転換しつつある。中でも、ダム建設などの公共工事が税金の無駄遣いの代表格としてやり玉に挙げられ、各地で中止や見直しが進められている。
かといって公共工事が必要ないわけではないだろう。要は何のために、どのようなコンセプトで造るのか、どう活かすのか、誰が利益を得るのか─これらの点をしっかり押さえることが大切だ。
今回は、従来の公共事業に替わる地域経済の活性策として、景観をキーワードとする街づくりについて考えてみたいと思う。
欧米の各都市では一般的に、デザインコミッティー(委員会)が住民と役所のプロの間で持たれる。街の景観をどうするか、どのような特色を街に持たせるか。土地をある一定以下に区分させないといった原則的なことから、庭木の伐採の仕方やゴミの出し方、塀や電柱、看板、屋根の色といった建築デザインまで、細かな点を含め多岐に渡って決められる。街づくりのマスタープランを、地域と住民とが共同で作成するわけだ。
こう書くと「景観で飯が食えるのか」といった不満が聞こえてきそうだ。伝統的な街並みや景観を保護することは確かに、ビル建設などの際の容積率が下がったり余計なコストがかかるなど、経済発展を阻害する要素を含んでいる。だが無秩序な都市開発に比べれば、長期的には間違いなく経済効果をもたらす。
欧米には特色ある景観を持つ街が各地にあり、人々は好みに合わせて選びそこへ移っていく。美しく住みやすい街は人口流入や教育水準の向上が期待できる。それがコミュニティーを活性化させ相互扶助を育む。多くの人が集まれば地価も上がるだろうし、観光客や新しいビジネスの誕生による収入増も見込める。
醜い景観の街には観光客も来なければ住民も定着しない。景観はその街の歴史や性格、ひいては住民の「民度」の象徴なのだ。短期的な経済効果よりも、景観を美化・維持し、住民が暮らすコミュニティーの形成を優先することは、逆説的であるが結局、経済発展につながるのである。
福岡市の景観などは、典型的な日本の地方都市のそれである。こんな声をよく聞く。「福岡には観光資源がない」。そんなことはない。ただ、統一的なコンセプトがなく資源・財産を活かし切れていない、産業と観光とが分断され点と点として存在しているだけだ。
これまでの日本は箱モノを造ることに熱心だった。造ってしまえばそれで終わり。造ること、それで一部の企業や官僚、政治家が潤うことこそが目的─そんな例がたくさんある。だが今後は、街づくりの方向性を明確に定めることで、公共工事の持つ意味そのものを変え、それで生じる利益を地域全体で享受できるようにする。時にはぶっ壊すことだって必要だ、それが新しいビジネスを産み出す。
実績のある欧米を見習い、景観改善を起爆剤として他地域からの人とビジネスを誘致することを目指すべきだ。人は美しい街に集まるものである─誤解を招くかもしれないが、あえてこう言い切ってみたい。
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