[2008年1月18日 19:54更新]
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西洋には「銀行家と弁護士と医師を友人に持て」といった意味の格言があったように記憶している。銀行家に関しては日本の銀行システムと若干異なるが、いずれにしても的を射た言葉である。
来年から導入が決定している裁判員制度。三権分立の司法である裁判制度が劇的に変わるため、関係者は暗中模索の状態で、対応に苦慮しているのをマスコミも報じている。
仕事柄色々な相談を受けるが、昔に比べ身近なトラブルなどの解決を裁判に委ねるケースが増えているのも事実である。弁護士が不足することを予測してか、司法書士が処理できる案件になっているものもある。
陪審員制度を取る海外の国では、一般人から選ばれた陪審員にアピールするために、弁護士は演劇の表現方法を学び、被告の弁護活動に活用しているとの話も聞いたことがある。日本でも若手弁護士を中心に、裁判員制度を想定した勉強会を行っている様子をテレビが放映していた。
ところが弁護士の中にも、司法試験に合格し研修を終えて独立はしたものの、世間一般の常識に欠け世情に疎く、世の中の慣習などを知らず、実にお粗末な者もいるようだ。ある恐喝未遂事件で逮捕された容疑者が、国選の弁護士を信じて裁判を行っている。だが、「無罪判決が当然出るはず」という勝手な思い込みからか、検察側と戦う姿勢を出しているとはいえず、そのまま公判が進んでいるから恐ろしい。
本人は「恐喝には関与していない」と逮捕直後から一貫して主張し、罪の意識が無いために当然のことながら無罪を信じている。だが弁護士については、素人から見ても証拠や証人申請の手続きが遅く、一方の検察当局は当初から容疑者としてのストーリーを書き、それに沿った裁判資料を作成している。
「実際にやってないのだから、無罪判決が出るのは当然」との勝手な思い込みで、取るべき対抗措置を迅速に取らなかったツケから、有罪判決が出る可能性が高まりつつある―との情報が入ってきた。
裁判員制度施行後は、新しい弁護手法を取り入れた、若い弁護士の活躍も期待されるだろう。ベテランであっても、先手必勝を心がけ裁判のスピードに遅れない弁護士が求められる時代になって来たように思える。そうでない弁護士を選び、盲目的に信用してしまうと、取り返しのつかないことになってしまう。
(J)
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