[2009年6月 4日 09:10更新]
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情報を扱う仕事に携わって40年近くなる。経済人や文化人、政治家・・。様々な分野での付き合いが増えるにつれ、祝い事やイベントなど楽しい場に数多く参加できる一方で、当然ながら訃報に接する機会も増える。一般の人よりも葬儀に参列する回数は多いと思うが、そんな中でたまに、考えさせられる葬儀がある。
先日、地元経済人が亡くなったとの情報が入って確認を取った。するとすでに、誰も知らないうちに葬儀は終わっていた。
1代で財を成した経済人であった。広い人脈を築き上げ、彼の恩恵を受けたのは地元経済人に止まらない。政界を含めて多くの人が彼を利用しており、週刊誌が取材するほどその名はとどろいていた。だが蓄財に走りすぎ、「節税」の範囲を超えた行為は、当然監督官庁の厳しい指導を受けたこともあったようだ。
脱税などの刑事事件で被告になったおかげで、ショックから体調を崩すだけでなく、その後の人生にも変調を来す経営者、経済人は多い。不祥事でポストを去ると次第に表に出ることを嫌うようになる、事業を引き継いだ後継者もイメージダウンを恐れてその不祥事に触れることを避ける-。こうした結果、その経営者の訃報は伏せられ参列者も遠慮し、寂しい葬儀になってしまうようだ。
代表者の突然死は企業に与える影響も大きく、信用が根底から揺らぐ場合もある。事業拡大の夢を持ちながら急に命を落としてしまっては、本人はもちろん残念だろうが、後に残された者にとっても事業継続は非常に難しい。
経営者たるもの常に最悪の事態を考え、後継者育成を課題として事業計画を立てることの重大さをあらためて思い知った。
こうした背景がなくとも、本人の遺言に従っているのだろう、地味な葬儀が増えている。時代の流れなのかもしれないが、その様な葬儀は一部の近親者が参列し、一般には知らせず密かに行われることが多い。極端な例では亡くなった本人の名を伏せたままの葬儀すらあった。
最近では、少子化・核家族化に拍車が掛かり、晩婚化も進んでいる。こうした時勢を反映してか、老いた妻と、適齢期を過ぎても結婚していない子の2人だけが座る遺族席-という場面に出会うことも。実に寂しいもので、いくら祭壇が立派でも周囲には哀れさが漂う。葬儀の場が、家族のあり方について考えるきっかけとなることもある。
(J)
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