[2007年6月15日 10:05更新]
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(07年6月号掲載)
私が松岡利勝氏の名前を明確に認識したのは2000年のこと。鈴木宗男氏、つまり「次のターゲット」に対する東京地検特捜部の内偵捜査と、マスコミ各社による水面下の取材が始まったころだ。
「東のムネオ、西のマツオカ」。今ではすっかり有名になったこの言葉は、当局や記者の間でこのころから囁かれたものだ。同時に、「九州の3悪人」―長崎のK氏、宮崎のE氏、そして熊本の松岡氏―という言葉も流布され始めた(なお、「福岡の3悪人」は九州とは別枠になっていた)。
松岡氏自殺の突然の報には、私も驚いた。小泉政権下における「抵抗勢力」のまさに代表格、農水族のドンとして再三マスコミに登場。どこかユーモラスな発言と、時折見せる強面振りが印象に残り、自殺という行為と結びつかなかった。
ここ数年、当局の内偵の過程で何度となく彼の名前が挙がっていた。熊本県の病院建設をめぐる談合疑惑、食肉業界との癒着。しかし、捜査の手が彼に伸びることはなかった。
特捜部によって理事らが逮捕された、緑資源機構の官製談合事件。これに先立ち、年明けから東京の司法担当記者が極秘に九州入りし、松岡氏の周辺を取材。本紙も4月号で松岡氏のことに言及している。
しかし、GW前辺りから、「“緑”は事件として筋が悪い。機構はやるが、とても松岡には届かない」との情報が漏れ伝わってきた。また特捜部長が複数の親しいヤメ検弁護士に「松岡は絶対にやる」と話している、との情報も。「ああ、これは(特捜部長の発言とは逆に)またも松岡は逃げ切ったなと思っていた。その矢先の自殺だった。
「ああ見えて、本当はものすごく気が小さいんですよ」と話すのは、松岡氏をよく知る記者。05年の「郵政解散」の時には自民圧勝に貢献したとの自負から、その後の内閣改造の際、大臣の声がかかるものと期待していたという。
「その連絡を議員会館の部屋で待っていた松岡氏に張り付いてたんですが、30分おきにトイレに立つんです。秘書に『どこか体が悪いんですか』と聞いたくらい。緊張で顔も強張ってたし」。この時は思いは叶わなかったが、安倍政権下で念願の大臣のイスを射止めたことが、皮肉にも今回の事態を招いたといえる。
自殺を機に、その背景に関する推測と数々の疑惑とがマスコミ紙上に溢れた。当局は松岡氏に手が届いたのか。それを予見した末の選択だったのか。真相は永久にわからない。
「特捜部が動くと死人が出る」。 これまでも何度となく囁かれてきた言葉が、またも証明された。
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