[2007年10月24日 09:21更新]
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(07年10月号掲載)
「今度、検事を主人公にしたドラマが『月9』で始まったんですけどね」。ある検事と新年会で飲んでいる場で、こう話題を振ったのは2001年こと。「主役の検事はキムタク、事務官役が松たか子なんですが」
それを聞いた検事は「フム、あり得んな」と鼻で笑った。しょせん作り話、現実離れした荒唐無稽な設定―と思ったのだろう(ウチの「会社」にはそんな美男美女はいないよ、という意味だったのかも)。しかし、このドラマ「HERO」は平均視聴率が30%を超える記録的大ヒットとなった。
最近のテレビドラマには、検事・検察物が増えたような気がする。検察が一般の注目を集めるようになった理由の1つとして、古くは「ロッキード事件」、最近では「ライブドア事件」での東京地検特捜部の働きが大々的に報道されたことが挙げられるだろう。
だがこういった「検察=特捜部」的な風潮に、露骨に顔をしかめる検察関係者は多い。「われわれの仕事はまず第1に、送致事件をしっかりとこなすこと」(ある検察幹部)。警察が逮捕、送検した容疑者を起訴するかどうか判断し、有罪であることを法廷で証明するのが本来の職務。独自に捜査する特捜部の仕事は、あくまで全体の一部にすぎない―この考え方が、検察内部では主流と言っていい。
それだけに、鹿児島県議選に絡む冤罪事件(志布志事件)は、警察のみならず検察にも衝撃を与えた。「なぜ警察の違法な捜査を見抜けなかったのか、信じられない」「検察側の処分も甘すぎる」といった身内に対する批判の声は、特に若手検事の間でよく聞かれる。
一方、「特捜の鬼検事」として名を馳せながら弁護士に転じ、「関西闇社会の番人」として君臨した田中森一氏をめぐる心情も複雑である。「検察の面汚し」として目の敵にされ00年、ついに特捜部に逮捕された。その時捜査を指揮した検事の、何とも言えない複雑な表情が忘れられない。今でも影ながら田中氏を信奉する検事は、特捜系、特に関西に多いという。
さて現在、映画版の「HERO」が公開中で筆者も見に行った。ラフな格好に茶髪。木村拓哉演ずる検事は「組織の論理」や「建て前」とは無縁だ。それでいて「検事の本分」をひたすら追求する姿に、見る者は共感を覚えるのだろう。
「検察は一枚岩」。検事からよく聞かされる、強固な組織の一体感を象徴する言葉だ。だが現実は前述の通り。ドラマの人気ぶりは、強大な権力を持つ組織内部の「軋轢」を薄々感じながらも「真の『HERO』に社会の悪と対峙してほしい」という、市民の思いを表しているのではないだろうか。
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