[2008年4月21日 09:37更新]
| コメント(0) | トラックバック(0)
(08年4月号掲載)
先月号の本欄で紹介したロス疑惑。三浦和義氏の身柄は、弁護側の激しい抵抗もあっていまだにサイパンに留め置かれており、事態は「小休止」といった感がある。
ロス疑惑は各方面に多大な影響を与えた、まさに画期的な事件だった。報道業界では容疑者呼称を初め、その後の犯罪報道のあり方が変わる契機に。また司法界では、「裁判員制度」を新たにスタートさせるきっかけの1つとなった。
(写真=福岡地裁に置かれた裁判員制度PR用の看板)
三浦氏の無罪が確定した「一美さん銃撃事件」。だが1994年、1審の東京地裁では、三浦氏に無期懲役の有罪判決が下されている。「マジかよ・・」。当時、多くの司法・マスコミ関係者がその判決内容に驚き、呆れ返った。銃撃事件で検察側は、三浦氏が首謀者で、ともに起訴された駐車場経営者A氏が実行犯だと主張した。だが東京地裁判決は、A氏は証拠不十分で無罪とした上で、三浦氏については「氏名不詳者との共謀が成立する」と判断したのだ。
刑事裁判は検察に訴追された被告人が有罪か無罪かを審理するが、事実は検察・弁護側双方が提出した証拠に基いて認定される(刑事訴訟法317条)。これを「証拠裁判主義」という。
にもかかわらず判決は、検察側が言及も証拠提出もしていない「第三者」を持ち出してきて三浦氏を有罪とした。実行犯とされたA氏については有罪とする根拠が足りない。実行犯を特定できない以上、首謀者の三浦氏も無罪とすべきだが、彼はとにかく有罪である。だから提出された証拠を無視し、三浦氏を有罪にするため独自に「実行犯」を作り上げた、というわけだ。
「『氏名不詳者』って誰だよ?まったくデタラメな判決だ」。本来なら有罪判決が出て喜ぶはずの検察・警察側も、その内容に唖然としていた。多くの弁護士が「この手法が許されるなら何でもアリ、すべての被告を有罪に出来る。司法の否定以外の何物でもない」と吐き捨てた。
案の定、1審判決は控訴審で一蹴され、最高裁で無罪が確定した。
「司法がおかしくなっている」。それまでも言われていたことだが、このような裁判官の出現で、さすがに関係者の危機感は頂点に達したようだ。その後、制度見直しの必要性が叫ばれ、「日本の司法始まって以来の大改革」とされる裁判員制度の導入へとつながった。
さて、この裁判員制度。国民生活に多大な影響を及ぼすのは間違いないのだが実は、多くの司法関係者が制度そのものを疑問視しており、しかもそうした声はほとんど表に出て来ない。
個人的には司法改革は大賛成なのだが・・。 この問題は別の機会にレポートしたい。
| コメント(0) | トラックバック(0)
■関連記事