[2009年5月 7日 13:35更新]
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(09年4月号掲載)
柳川の問題を最初に取り上げたのは07年9月。P社化粧品工場の土地購入をめぐる問題や談合疑惑について報じた。それ以来、相当数の記事を書いた。
最初は「デタラメを書くな」などと抗議する匿名電話がよく掛かってきた。「本当であればなぜ地元の新聞やテレビが報じないのか」
他社が取り上げない理由を聞かれても困るが、「大手メディアが流したら事実」と多くの人が考えていることは十分認識している。
記事を書くたびにこうした電話は減っていき、「よくぞ本当のことを書いてくれた」とお褒めの言葉をいただくことも。孤立無援に近い状態の中、こうした言葉は本当にありがたく、取材・執筆の力になった。
それにしてもなぜマスコミは市政の問題点をほとんど取り上げなかったのか。「石田氏は、記者の扱い方が実に巧みでしたね」。こう話すのは柳川で取材するある記者だ。
「会見で記者に資料を求められると、職員に対して『さっさと記者さんたちに持ってきて差し上げろ』といった感じで命令する。万事この調子で、多くの記者が“石田びいき”になるのも無理はない」
今年1月、前議長の暴力事件が発覚したり暴力団組長銃撃事件が起きると、地元紙をはじめ全マスコミがこれでもかと書き立てた。石田氏はそうした報道に丸乗りする形で「暴力追放」を訴え、反市長派議員の中心人物である前議長を叩いた。選挙期間中も前議長の名前を挙げ、間接的に新人候補を攻撃した。
他社の報道内容を批判しているわけではない。暴力を容認するつもりも前議長を擁護するつもりもない。ただこれだけは言いたい。市政の検証・批判もろくにしない上、自分たちの報道が石田氏に利用されているという自覚もないのであれば、記者としていかがなものだろうか。
議会などで虚偽を並べ立てて本紙を中傷するなど、大手マスコミ記者に接する時とは正反対だった石田氏の態度・言動は、逆に自信になった。彼に感謝したいくらいだ。
さて、そんな石田氏も、今や舞台の上から退場してしまった。あらためて述べるまでもないが、これまで本紙が市政の問題点を報じてきたのは読者に伝えるためであり、反市長派を応援するためではない。市長が替わっても、本紙のスタンスはこれまでとまったく変わらない。
新市長の下、柳川は再生への道を歩んでいくのか、あるいは再び停滞するのか。今後もこれまで同様、報じていくつもりである。
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