[2011年3月 3日 10:44更新]
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(11年2月号掲載)
寒い日が続き、少々気分が滅入る。高齢者しかいない限界集落では、どんな思いで豪雪と戦っているのだろうか。
わが国は戦後、素晴らしい復興を果たし経済大国となった。その歩みの過程で若い労働力が都市部に集中し核家族化を招く一方、田舎には両親が残るだけ、という状況を招いた。それが厳しく辛い、様々な「限界集落化」ともいえる問題の原因となっている。
田舎だけではない、都市部においてもだ。例えば郊外型スーパー。自動車を使えるうちは問題はないが、使えなくなると食料の入手すら困難となる「スーパー難民」が、大都会でも発生しうる。
年金制度は御存知のようにガタガタ。庶民は外出、買い物、老々介護などで自らの身体機能低下を自覚し、生活支障への強い不安を抱えながら老後を送らなければならない。確かに経済的には豊かになったかも知れないが「長期的な安心安全」、福祉国家への展望が描かれることなく突き進んできたと言えよう。
この方向に舵を取ってきた人たちの目には、85歳のお年寄りが1人で黙々と屋根の雪下ろしをしている姿を映した先日のニュースは一体どう映ったのだろうか。
「なあ、斉場さん。神戸にいる1人暮しの母がケアマネージャーに勧められて有料老人ホームに入所することになったけんど、基準外負担が大きくて母の年金だけでは無理なんで、仕送りを始めた。妻の機嫌ば、悪かぁ」
58歳の友人Aが悩みを吐露する。
「今後、介護保険見直しで利用料・保険料負担は増えるとか」「ええ!?これまで納めるもんば納めてきたとに、どぎゃんなっとるとね」
基準外負担も少し大き過ぎるようなので知り合いに調べてもらうと同時に、彼の家に近い、九州地域の老人ホームを紹介することにした。
また、高齢者は本来、「環境移行」を苦手とするので、Aにはお母さんと家族の気持ちを十分に考慮した上で検討してほしい旨を伝えた。
神戸のケアマネージャーは「御本人に年金で充分まかなえると返事をもらった」「息子さんには連絡しなくてもよいと言われた」「自分が所属する法人がホームを新しく建てて、熱心に入居者を募集していた」と述べているとの報告が来た。
この対応自体は本人の自己選択・自己決定を軸にするという厚生労働省のマニュアル通りで、何ら問題はない。だが永年、病院の相談員(MSW)として働いた私としては納得できない。
このマニュアルの定めるアプローチ手法とは要するに「余分なことは説明するな」。人生初の危機体験なのに、本人や家族に単純に選択・決定を求め、うまくいかなければ自己責任だとするような対応は、いかがなものだろうか。
プロのマネージャーであれば、支援場面での自己責任を本人に問うことがあってはならないと私は思う。「共生活感」を持ち、ともに考え、ともに解決する─そんな視点を備えたマネージメント対応こそが、問題を解決に導くと考える。
Aのお母さんはその後、九州のホームに転居されたという。家族交流が深まった上に奥さんの理解も高まり、在宅介護の検討も始めた、とも。Aよ、頑張れ!
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