[2011年5月31日 12:45更新]
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(11年5月号掲載)
熊本県にいる団体職員の長男から、GWの連休前に福島に出掛けるとのメールが入った。私は「心を込めて、気を付けて」と返事を送った。
東日本大震災による原子力発電所の事故は一進一退の状況で、避難エリアが新たに拡大するという事態も招いている。政府委員の1人が辞任会見で「許容放射線レベルの子ども基準値は甘いと指摘してきたが、受け入れられなかった」と涙ながらに語る様子が報道された。発生から2カ月あまりが過ぎてもまだまだ混乱が続いているのは間違いない。
仮設住宅建設も順調ではなく現在、必要量の4~5%のレベルとか。地震・津波災害の性質上、例えば「2階建て仕様の仮設住宅の建設を」といった意見には一定の正当性があると思うのだが、東京の友人記者の言葉を借りれば、こうした意見の裏にはメーカーや関係行政機関の思惑が渦巻き、被災者救済よりも先行しているのが実情という。わが国は近代的で豊かな国だと思ってきたが、どうもそうではないようである。
1週間の滞在を終えた長男が、福島臨海鉄道などの写真を持って孫と一緒に顔を見せてくれた。現地の様子を見るにつけ、高齢の方々の避難所暮らしはもう限界だ─こんなやりとりをしていると携帯電話が鳴った。大牟田市のある福祉施設長からだった。
「もしもし。東北に行ってきたんだけど、避難所暮らしはお年寄りの体力と生きる意欲を奪っている。体育館の床生活では動かず、立つ機会が奪われるし、食事も床に置いて食べてらっしゃる。筋力低下がすごく進んでるのよ」。偶然時を同じくして、長男からの情報と結びついた。
何も手掛かりのないだだっ広い床面での生活は「立ち上がって目的を持って歩く」という基本動作を奪ってしまう。筋力が低下し、動くことがおっくうになる。こうした悪循環は「寝たきり」への入口なのである。
つかまり立ちする際の手掛かりになるなど、高齢者が自力で元気に生活する能力を維持するために家具の果たす役目はとっても大きい。このことはこれまで様々な場で訴えてきたし、だからこそ福祉家具の開発・製作を進めてきた。
「斉場さん、現地から頼まれたんだけど、卓袱(ちゃぶ)台、テーブル、椅子など集められないかしら」と福祉施設長。「頼まれた送り先とどんなものが欲しいかを整理してメールするから」
何か支援はできないかと大川市関係者や福祉家具開発研究協議会の仲間に相談し始めていたので、さっそく連休明けから具体化することを約束した。
家具の街・大川市の各販売・製造所では試作品や展示品などが倉庫に転がっているので、きっと協力してもらえるはずである。どんな形で活動ができたかは、後日報告したいものだ。
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