[2011年7月11日 11:40更新]
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(11年6月号掲載)
今は昔、昭和30年代。国鉄の指定席切符は、始発駅に属する指定席管理センターで列車ごとに日別の指定席台帳を作り、回転テーブルで回して売られていた。駅で切符の申込みを受けると駅員が電話で連絡、センターでは台帳から空き座席の番号を回答、駅はこれを受けて指定券として客に販売していた。
現在、JRの発券業務はマルスというコンピュータシステムで管理され、私達の手元に届いている。迅速で確実な方法ではある。しかし、あまりにも無神経に進むIT化に少々疑問を感じている。
従来は駅などで「新大阪まで、大人1枚、○時○発ののぞみで」と言えば操作マニュアルをマスターした駅務員が発券システムを動かし、切符が手渡されてきた。
だが今は利用者自身がオペレーター化して自らアクセスすることが基本となり、インターネットで購入すれば特典・割引が付く。ネットが使えない人も同じ乗客であるはずなのに、使える人に比べて不利益を被るという事態が生じているわけである。
私の経験ではITに詳しい人ほど、突然高度なソフトで製作されたファイルを送り付けてきて、「開けられない」と連絡すると「この便利なソフト、使ってらっしゃらないんですか」といった“上から目線”の言葉が返ってくる。
彼らの優越感は、口では「超高齢社会到来」「ユニバーサルデザイン」と唱えながらも、実際には配慮を忘れた「優位目線論理」以外の何物でもなく、つまりはIT・ハイテク化から取り残される層を切り捨てる論理に他ならない。駅の券売機も、日常的に利用する者もいれば時々しか利用せず操作に不慣れな者もいるはずだが、こうした点に対する配慮はない。
ハイテク化やネット活用は、専門職が必要なくなり人件費を節約できるとの企業論理とも合致する以上、システム開発側と導入側の意向が強く働くのは仕方がない。だがシステムが高度化しても、特定の層に不利益が生じないような対応にすることは、十分可能なはずである。
利益追求を重視するあまり、新しく製作されたアブリケーションソフトや機器の導入が、安易に進み過ぎているのでは─こう指摘せざるをえない。IT技術を利潤・生産性向上の道具として開発・利用するだけでなく、これを多くの人の使用感覚に近付けるためにはどうすればよいのか、そろそろ考えるべき時期に来ているのではないだろうか。
今は多機能化する方向こそが「良いこと」として認識され、機能の新規拡大が評価される傾向にある。テレビコマーシャルでさえ「詳しい情報はホームページへ」といったクリック呼び掛けがまん延する現実。これが意味するものとは一体何なのか。少しだけ想像力を働かせてみてほしい。
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