ムラ運営からの脱却を 【前編】 [2026年6月5日06:00更新]

「登録DMO」の見えない実態

福岡県糸島市。
玄界灘に面した美しい海岸線と、SNSで話題を集めるカフェが点在するこの街は、全国有数の人気観光地として広く知られる。

その観光振興の中核を担う「一般社団法人 糸島市観光協会」は、平成31年(2019年)に観光庁の「日本版DMO候補法人」となり、令和4年(2022年)3月には「登録DMO」として正式に認定された実績を持つ。
DMOとは、データと戦略に基づき地域全体の観光づくりを推進する法人(Destination Management Organization)のことだ。
単なるPR団体にとどまらず、マーケティング分析・地場産業との連携・旅行商品の造成・インバウンド対応まで統合的に担うこの仕組みの実務を、入職以来、牽引してきたのが事務局長のH氏である。
全国の観光協会から視察が相次ぐほどの実績を積み上げてきた人物だ。

しかし令和8年1月26日、福岡地方裁判所は同協会に対し、重大な司法判断を下した。
令和5年3月にH氏に対して行われた事務局長からの降格処分を「裁量権の逸脱濫用」としパワーハラスメント1件を認定、事務局長への復帰と賠償金の支払いを命じたのである。

 

定款に存在しない意思決定機関

H氏は令和3年5月、旅行会社での専門的な実績を評価されて入職し、同年11月には事務局長に就任した。
入職後、H氏が直面したのは、地方の公的団体に根付く「前例踏襲型」の組織文化だった。

協会内には定款に何の規定もない「三役会」なる事前協議の場が存在していた。
代表理事(会長)と2名の副会長の計3名が理事会にはかる前に実質的に人事や予算等の議案を決定し、理事会はそれを追認するだけの形骸化した構造である。
会長は地元老舗酒蔵の代表者、副会長は神社の禰宜とレストランのオーナーという顔触れであり、糸島の地域観光への愛着は深い一方で、観光戦略を専門とする人材ではない。

商工会など地方の経済団体では「長のつく役職」への需要は根強い。
理事、副会長、会長——肩書は地域社会における一種のステータスであり、名刺交換の場での存在感を左右するのは観光協会も例外ではないだろう。
だが、DMOという国家資格に近い登録制度の傘の下では、その「長」たちに、データと戦略で地域を動かす責任が伴う。
肩書の重みが、実務の重みと釣り合っているかどうかは、また別の話だ。

令和5年2月、H氏はガバナンス上の問題を理由に「三役会」の開催を断り、直接理事会へ議案を提出した。
組織の近代化を目指す立場からは自然な判断だったが、これがムラの慣習との衝突を招くことになった。

 

司法がパワハラ認定

令和5年2月21日、三役はH氏に対し、他の職員を同席させた上で事務局長からの降格を通告した。
裁判所はこの行為を「原告に屈辱感を覚えさせるものであって手段として相当ではない」と認定し、パワハラと結論づけた。
賠償額は約118万円、司法の判断は明確だった。

 

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