「村上派」は公的な会派名ではない。
二度の不信任否決と無記名投票――市政混乱の「もう一つの責任」
村上卓哉前市長は辞職した。
全国ニュースやテレビは、女性職員へのセクハラ認定と辞職という「その瞬間」を大きく報じた。しかし、地域を継続して見る媒体が追うべきなのは、市長が辞職したという結末だけではない。
問題が表面化してから辞職に至るまで、市議会は何を調べ、どのような判断をし、その結果を現在どう総括しているのか。
田川市政の混乱は、市長一人だけの問題として終わらせてよいのだろうか。
議会全体が村上市長を守った、とは言えない
まず、事実は丁寧に分ける必要がある。
2025年3月定例会で田川市議会は、村上市長に対する問責決議を全会一致で可決した。辞職勧告決議も賛成9、反対7で可決し、市長給与を任期末まで50%減額する条例も全会一致で可決している。
従って、「市議会全体が一枚岩となって村上市長を守った」と表現するのは正確ではない。市長の責任を厳しく問う意思を示した議員も、早期辞職を求めた議員もいた。
一方で、最も重い政治判断である不信任決議案は成立しなかった。
2025年3月19日の不信任案は、無記名投票で賛成10、反対7。通常の議案なら賛成多数だが、市長不信任には出席議員の4分の3以上、当時は13票が必要だったため否決された。
4月30日に再び提出された不信任案も無記名投票となり、賛成9、反対扱い9で否決された。反対扱いとなった9票には、意思を明示しない白票4票が含まれていた。
その後、市の第三者調査委員会は、公用車内で女性職員の手を握った行為や、その後の性交渉など計4件をセクハラと認定した。報告は、女性職員の立場上、拒否が困難であることを十分認識しないまま行為をエスカレートさせたと指摘した。村上氏は2026年5月末で辞職し、市議会も辞職に全会一致で同意した。
結果として、不信任を成立させないだけの議員が二度にわたって存在し、村上市政の継続を可能にしたことも、消すことのできない事実である。
誰が続投を選んだのか、市民には見えない
最大の問題は、二度の不信任採決がいずれも無記名だったことだ。
不信任とは、市長がその地位にふさわしいかを議会が判断する、極めて重い採決である。それにもかかわらず、市民は、自らが選んだ議員が賛成したのか、反対したのか、白票を投じたのかを確認できない。
無記名投票は議会のルール上可能である。だが、ルール上可能であることと、市民への説明責任を果たしていることは同じではない。
市長に「ガラス張りの市政」を求める一方で、市長の存否を決める議員自身の判断は見えない。
この矛盾こそ、田川市議会が総括すべき第一の問題ではないか。

続投論を公に述べた議員は、今どう考えるのか
無記名投票である以上、不信任に反対した全議員を実名で断定することはできない。
一方、3月議会で不信任に反対する理由を公に述べた議員は確認できる。
石松和幸氏は、村上氏が2年間で多くの成果を上げたとして、説明責任と信頼回復を求めながら、道半ばの施策を前進させるべきだと述べた。
小林義憲氏は、職員アンケートや改革継続を理由に、不信任に反対した。4月の再提出時にも、第三者委員会の報告を待つべきであり、判断は時期尚早だとの意見を表明した。
香月隆一氏は、不信任を可決すれば市政改革が逆戻りするとし、村上氏に反省と改革継続を求めた。
第三者委員会の結論が出る前に慎重な判断を求めたこと自体には、一定の論理がある。被害を訴える女性への二次被害を避け、外部の専門家による調査を待つべきだという考え方も理解できる。
しかし、第三者委員会が実際にセクハラを認定し、市長が辞職した今、当時続投論を述べた議員にも改めて聞く必要がある。
不信任への反対は、直ちにセクハラの容認を意味しない。だが、後に重大な認定が出た以上、自らの政治判断について市民に説明する責任は残る。
問われているのは「村上派」という呼び名ではない
本紙が検証するべきなのは、確認可能な政治行動である。
市長は辞職した。次に問われるのは、その市長を監視する立場にあった議会が何を学んだのかである。
市長辞職をもって事件を過去にすれば、議会の判断は検証されないまま残る。


