ムラ運営からの脱却を 【後編】

臨時総会を封じ込めた「奇策」

令和8年5月28日、定例総会の場で異例の事態が起きた。

敗訴の責任を問うため、正会員35名が同年4月、定款の招集要件を満たす形で「臨時総会」の開催を正式に請求していた。
しかし理事会は「署名者の確認ができない」との理由でこれを拒絶。
代わりに、自ら定例総会へ「理事・監事解任について」および「会員除名について」という議案を上程するという、異例の対応に出た。

理事会自身が自らの解任議案を提案するのは、一般的な法人運営ではあまり聞いたことがない。
この手法については、ガバナンスに詳しい有識者からは「自らが議題設定権を握ることで、審議の主導権を手放さないための戦略的対応」と分析する声がある。

 

「誰が賛成したか」が見える会場

総会の席上、H氏に対し、かつての降格人事に関わった理事から「署名活動は職務専念義務違反だ」という追及がなされたと複数の出席者が証言している。
賛否が公開される形式のもとで、このような発言が行われた事実は、表決行動に対する心理的な影響を否定しにくい。

採決の結果、解任決議は「賛成少数」で否決、除名決議は、特別決議に必要な正会員の3分の2以上に達しなかったため、決議要件を満たさず流会となった。

「相手の思惑通りということですよね」「そうですね」。
総会後、関係者の間でそうしたやり取りが交わされたという。

 

問われる「登録DMO」の実質

全国から視察が訪れるほどの実績を誇る糸島市観光協会の登録DMOとしての地位は、H氏による専門的な実務によって支えられてきた。
旅行消費額の増加、インバウンド対応の強化、レンタサイクル事業の拡充、HPアクセス数の倍増——これらはいずれも、データと戦略に基づく地道な取り組みの積み重ねによる成果だ。

一方で、観光庁に登録されたDMO法人の理事という肩書は、地域では相応の社会的信用を伴い、理事らにとっては光栄なことである。

協会が登録DMOを維持していくためには、データ収集・分析・戦略策定・KPI管理・PDCAサイクルの確立など、高度な実務能力が求められる。
2025年の制度改定では、観光庁のガイドラインに「DMO職員の満足度調査の実施」が新たに盛り込まれたのも興味深い。
裁判所にパワーハラスメントを認定された組織が、この規定をどう満たすのか。
3年ごとの更新審査が、静かに迫っている。

裁判所に不法行為を認定されてもなお、理事らから明確な反省の表明は確認できていない。名誉ある肩書を持つ者が、その肩書を支えてきた人材の実務権限を制限し、本来の職務を十分に発揮できない状況が続いている。
観光地が持続的に発展するためには、実務を担う人財を組織が守り、活かす文化が不可欠だ。
糸島が問われているのは、肩書や慣習ではなく、成果を生み出す人材を正当に評価できる組織であり続けられるかどうかである。

 

了 ―



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ムラ運営からの脱却を 【中編】

敗訴確定後の「遺憾」声明

令和8年2月9日、協会側は一審判決を受け入れ控訴を断念、敗訴が確定した。
ところが会長名義で会員に配布された文書には、こう記されていた。
「当法人としては、当時の判断には正当な理由があったと考えており、判決内容は遺憾でございます」。
控訴しなかった理由として「地域活動を優先するため」と説明するが、賠償金の原資が会員の会費であることを踏まえれば、説明責任という観点から疑問視する声もある。

 

復職後に続く「過大な要求」

判決確定後、事務局長として復職したH氏に対し、その後も組織内での困難な状況が続いたという。
復職後、H氏の職務権限が以前より制限される形となったと、関係者は証言している。
さらに、実務面でも重大な問題が浮上した。
H氏本人によれば、事務局長を外れていた令和7年度の事業報告書を、わずか数日でゼロから作成するよう命じられたという。
次年度の事業計画案についても、事業の骨子が示されないまま作成を求められ、提出後は「私見が入っている」として退けられた。
修正の具体的な指示がないまま書き直しを繰り返させる、こうした一連の業務命令について、労働実務の専門家からは「過大な要求に該当する可能性がある」との指摘もある。

 

見えない財務コスト

この内紛が観光協会にもたらした財務的影響は小さくない。
裁判所が命じた賠償金約118万円に加え、令和5年度中に支払われた弁護士費用22万円を合わせると、損害額は約140万円に上る。
協会の令和7年度予算が150万円のマイナスであることを考えれば、これは組織の財政に対する相応の打撃である。

加えて、H氏が降格されていた期間(令和5〜7年度)には、事務局長不在の補填として別の人員が配置され、余分な人件費が生じていた。
不当な降格人事がなければ発生しなかった二重コストだが、裁判所から不法行為を認定された理事らは「経営判断として一定の合理性があった」との立場を変えておらず、個人として責任を表明する動きは確認できていない。

登録DMOとしての実績を支えてきたH氏の専門知識と実務能力は、データ分析から旅行商品造成、インバウンド対応まで多岐にわたる。
その人材が本来の職務から長期間切り離されたことは、組織の事業継続という観点からも、課題を生じさせた可能性がある。

 

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ムラ運営からの脱却を 【前編】

「登録DMO」の見えない実態

福岡県糸島市。
玄界灘に面した美しい海岸線と、SNSで話題を集めるカフェが点在するこの街は、全国有数の人気観光地として広く知られる。

その観光振興の中核を担う「一般社団法人 糸島市観光協会」は、平成31年(2019年)に観光庁の「日本版DMO候補法人」となり、令和4年(2022年)3月には「登録DMO」として正式に認定された実績を持つ。
DMOとは、データと戦略に基づき地域全体の観光づくりを推進する法人(Destination Management Organization)のことだ。
単なるPR団体にとどまらず、マーケティング分析・地場産業との連携・旅行商品の造成・インバウンド対応まで統合的に担うこの仕組みの実務を、入職以来、牽引してきたのが事務局長のH氏である。
全国の観光協会から視察が相次ぐほどの実績を積み上げてきた人物だ。

しかし令和8年1月26日、福岡地方裁判所は同協会に対し、重大な司法判断を下した。
令和5年3月にH氏に対して行われた事務局長からの降格処分を「裁量権の逸脱濫用」としパワーハラスメント1件を認定、事務局長への復帰と賠償金の支払いを命じたのである。

 

定款に存在しない意思決定機関

H氏は令和3年5月、旅行会社での専門的な実績を評価されて入職し、同年11月には事務局長に就任した。
入職後、H氏が直面したのは、地方の公的団体に根付く「前例踏襲型」の組織文化だった。

協会内には定款に何の規定もない「三役会」なる事前協議の場が存在していた。
代表理事(会長)と2名の副会長の計3名が理事会にはかる前に実質的に人事や予算等の議案を決定し、理事会はそれを追認するだけの形骸化した構造である。
会長は地元老舗酒蔵の代表者、副会長は神社の禰宜とレストランのオーナーという顔触れであり、糸島の地域観光への愛着は深い一方で、観光戦略を専門とする人材ではない。

商工会など地方の経済団体では「長のつく役職」への需要は根強い。
理事、副会長、会長——肩書は地域社会における一種のステータスであり、名刺交換の場での存在感を左右するのは観光協会も例外ではないだろう。
だが、DMOという国家資格に近い登録制度の傘の下では、その「長」たちに、データと戦略で地域を動かす責任が伴う。
肩書の重みが、実務の重みと釣り合っているかどうかは、また別の話だ。

令和5年2月、H氏はガバナンス上の問題を理由に「三役会」の開催を断り、直接理事会へ議案を提出した。
組織の近代化を目指す立場からは自然な判断だったが、これがムラの慣習との衝突を招くことになった。

 

司法がパワハラ認定

令和5年2月21日、三役はH氏に対し、他の職員を同席させた上で事務局長からの降格を通告した。
裁判所はこの行為を「原告に屈辱感を覚えさせるものであって手段として相当ではない」と認定し、パワハラと結論づけた。
賠償額は約118万円、司法の判断は明確だった。

 

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