利益約2億円、公有地が市議の手に (3)

■ 選挙の最中に動いた公有地取得

「今すべき事を、今すぐ行います。」
令和5年に坂平市議が配布した討議資料には、そんなキャッチフレーズが躍っている。
同年4月——坂平市議は候補者として飯塚市議会議員選挙を戦っていた。
投票日は4月23日——候補者が街頭に立ち有権者一人ひとりに頭を下げる、あの多忙な季節だ。

ところが、坂平市議(候補)がこの時期に「今すぐ行った」ことは、選挙活動だけではなかった。
旧鎮西中学校跡地、第4回公募の応募期間は令和5年2月27日から4月28日——つまり、投票日をまたぐ形で設定されていた。
通常であれば選挙前、選挙中、そして選挙後も忙殺されている時期だ。

坂平市議は締め切り当日の4月28日ぎりぎりに応募書類を提出したとされているが、他に応募者がいないことを確認したうえで提出したのではないか、と関係者は疑っている。

 

■ 政治倫理条例への問い

現職の市議が公有地の取得に名乗りを上げること自体、極めて異例だ。
飯塚市政治倫理条例には、議員が地位を利用して職員に不当な影響力を行使すること、市民全体の奉仕者として品位を損なう行為を禁じる規定がある。
今回の一連のプロセスは、同条例の趣旨に正面から問いを突きつけるものだ。



 

■ 疑惑が続く坂平市議の過去

坂平市議の倫理観が問われる事態は今回が初めてではない。
かつて、副議長ポストをめぐって同僚議員への金銭授受疑惑が取り沙汰され、議会から辞職勧告決議を突きつけられたことがある。
当時副議長だった坂平市議はこれを無視し、副議長の椅子に居座り続けた。

飯塚市新体育館の移動式観覧席の入札をめぐっては、公正性への疑問を呈する声が議会や事業者から上がっている。
その指名競争入札では、13者が指名され10者が辞退、残る3者は飯塚市の第三セクターの㈱福岡ソフトウェアセンター、坂平市議の妻が社長を務める会社(S・Y)、そして、後援会長が代表を務める会社(グッドイナフ)が入札に参加した。

その結果、グッドイナフが落札、体育館の備品の納入実績のない後援会長の会社が見事落札し、7843万円(税込)で落札したのである。
第三セクターもこれに関与していたと見られているが、この入札の詳細については別途福岡県民新聞の記事で報告している。

何かと話題になる坂平副議長 [2023年3月17日07:30更新]

また、入札の数か月前に当時の契約課長らと飲食を共にしていた事実も明らかになった。

さらに、自身が株主として名を連ねる建設会社の市との契約議案の採決で、利害関係者であるにもかかわらず棄権せず賛成の挙手をしている。

 

■ 約2億円の利益――その根拠

自身が立候補している選挙の最中に、坂平市議が「すぐ行った今すべき事」とは、公有地の取得申請だったが、ここで「約2億円の利益」の根拠について説明しておきたい。

本人が市に提出した事業提案書によれば、この広大な跡地(7,132坪)を1,900万円で取得し、建物の解体や上下水道の整備などの造成費を含めた概算事業費の合計は2億2,050万円としている。
一方で、現在配布されているチラシや現地の看板の価格表をもとに計算すると、全63区画がすべて売れた場合の販売総額は約4億3,000万円にのぼる。
つまり、約4億3,000万円の総収入から、土地取得費や解体・造成等の総経費約2億2,000万円を差し引いたとしても、手元には約2億円という莫大な利益が残る計算なのだ。

市民の貴重な財産が、現職市議の不動産ビジネスによって大きな「打ち出の小槌」に化けようとしている。
今後、政治倫理の観点からも批判の声が上がっていくだろう。

 

― 続 く ―

 



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利益約2億円、公有地が市議の手に (2)

■ 合格ラインをわずか8点上回った落札

条件を大幅に緩和、但し、それだけでは坂平市議の手に渡ることはなかった。
審査の過程で、市側が主導して意図的な「点数の不正操作」を行った証拠がある。
4回目の公募では、満点560点のうち6割にあたる336点以上を獲得した応募者を一次審査通過者とするとされていた。
審査の結果、坂平の得点は344点。合格ラインをわずか8点上回っての通過だった。

 

■ 「過去10年以内」の実績がない企画提案書

問題は、審査基準の「事業実績」の項目にある。
基準には「過去10年間において提案内容と同種・同規模の実績はあるか」とあった。
これに対し、坂平市議が提出した企画提案書の実績欄はこう書かれていた。
「平成8年に飯塚市小正の土地を取得後、平成10年に同地に6階建てのマンションを新築し、市内の事業者に売却しました。同様に飯塚の4階建てマンション、新飯塚の5階建てのマンションを売却した実績があります」

市の実施要領には、「過去10年間の類似実績をすべて記載してください。事業の実施年度についても記載してください」と厳格に明記されていた。
企画提案書では計3棟のマンションを売却したとあるが、1棟目は「平成10年(1998年)」のこと——公募時点から数えて、実に25年前だ。
残り2棟については実施年度の記載がなく、「10年以内」ということが確認できない。
坂平市議の提案書は、この基本ルールを守っていない。

 

■ 事務局が仕掛けた採点誘導

そこで市の事務局は動いた。
実績に関する採点基準は、10点満点で5段階に分かれており、「過去10年以内に同種・同規模の実績はないが、同種類の実績がある場合」は4点、「ない場合」は2点となっていた。
7月7日の一次審査が始まる前、事務局は選定委員に対してこんな採点案をわざわざ送付している。
「(応募者の坂平市議は)同種・同規模の実績はないが、同種類の実績があることから、事務局評点を4点とする」。

 



 

それだけではない。
本来の一次審査項目の審査内容における事業実績の欄には、「過去10年間(平成25年度以降)において、提案内容と同種類・同規模以上の実績を有しているか。」と書かれていた。
ところが、選定委員に送付した文書では、「過去10年間(平成25年度以降)において、」という文言を削除して「提案内容と同種・同規模の実績を有しているか」のみの表示にしていた。
これでは選定委員は、坂平市議が10年以内に実績がないことを知りようもなく、事務局評点の4点が妥当と考えてしまうだろう。

 

■ 14点の「下駄」――本来は不合格だった

本来、10年以内の実績がなければ「2点」のはずだ。
しかし、採点結果を見ると、評価者7人が全員、この事務局案に倣って「4点」を付けていた。
評価者1人あたり2点が根拠なく加算され、7人合計で14点もの「下駄」が坂平に履かせられたことになる。
この14点を坂平の合計点から引くと、得点は330点。
合格ラインの336点を下回り、正確に採点されていれば不合格である。

数字は嘘をつかない。
事務局の関与がなければ、坂平市議は不合格だった。

 

― 続 く ―

 



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利益約2億円、公有地が市議の手に (1)

■ 「幸せの扉」――廃校跡地をめぐる3回の不成立

飯塚市内に今、63区画もの新しい分譲地が売り出されている。
イタリア語で「幸せの扉」を意味するその分譲地は、かつてこの地域で子どもたちの声が響いていた場所——旧鎮西中学校の跡地である。

遡ること令和4年2月、廃校を惜しむ声が地元に残るなか、策定された「飯塚市都市計画マスタープラン」には、その方針が明記されていた。
「<鎮西地区>・学校跡地の有効活用(地域活性化を図り、居住環境に配慮した土地利用の誘導)」。
市はこの方針に沿って、令和3年から民間への売却手続きを進めていくが、道は険しかった。

令和3年6月に1回目の公募があり、意欲のある民間事業者が1者参加したものの、2次審査を通過せず不成立に終わり、同年9月に行った2回目の公募では応募者はなく不成立に終わった。
1年以上開けて、令和4年12月には条件を見直し実施するも、応募者がなくまたも不成立、ところが、令和5年2月の4回目の公募に1者が応募し、同年8月、その1者に売却が決まった。



 

■ 現職市議が唯一の落札者に

問題は、その1者が現職の飯塚市議会議員だったことだ。
坂平末雄市議、旧・穂波町議会議員時代を含めると通算7期目(飯塚市議会議員としては5期目)で、これまで副議長のポストの買収疑惑などでたびたび新聞に報じられたことのある人物だ。

市民の財産である公有地が、行政を監視する立場の現職市議のもとへ。
それだけでも異常な感じがするが、この4回目の公募期間が市議会議員選挙とかぶっていたのも興味深い。

3回連続で不成立に終わった公有地の売却が、なぜ4回目で現職の坂平市議に落ちたのか。
その謎を解くカギは、飯塚市役所内部にあると見られている。
売却を所管する部課には、坂平市議と「極めて親しい関係」にあったという幹部がいた。
この人間関係を念頭に置くと、公募条件の変遷が俄然、別の意味を帯びてくる。

 

■ 議会の目をすり抜けた価格設定

まず注目すべきは価格だ。
3回目の公募で、売却予定最低価格が4,130万円から「1,900万円」へと引き下げられた。
飯塚市のルールでは、2,000万円以上の市有地売却には議会の承認(議決)が必要となり、1,900万円という数字は、まさに議会の目をすり抜け、担当部署の裁量だけで契約を結べる絶妙なラインとも言える。
3回目の公募は結果的に応募者ゼロに終わったが、この価格設定がその後の伏線になったと考えるのは自然だ。

 

■ 露骨な条件変更――出来レースの構図

そして、坂平市議が落札することになる4回目の公募で、実施要領が露骨に変更された。
まず、①応募者数の要件、3回目までは「5者以上でなければ二次審査に進めない」と定められていたが、4回目では「1者であっても二次審査を行う」と大幅に緩和された。
次に、②実績要件の期間、3回目までは「過去5年以内」の実績が必須だったが、4回目では「過去10年以内」へと、期間がそのまま倍に引き延ばされた。
さらに、③審査の方法、3回目まで必須だった対面での「プレゼンテーション」が、4回目では削除され、合否は書類審査のみで決定されることになったのだ。

対面審査をなくし、実績のハードルを下げ、応募者が1人でも合格できる仕組みを作る。
これは特定の人物を合格させるために敷かれた、出来レースと見られても仕方ないだろう。

こうして舞台は整えられた。
次回は、そのお膳立ての上で行われた「点数操作」の疑惑に迫る。

 

― 続 く ―

 



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