ブラックな?・・・クラブ?

町内の長法被に博多帯を粋に締めた男衆の姿が、夜の中洲を闊歩する季節になり、暑い夏とともに祇園山笠がやって来た。
天下御免の男の祭りだけに、「山」はかかなくとも酒を飲む機会が増えるのは当然だが、羽目を外すと手痛い目にあうことはよくあることで、特に鼻の下を伸ばして法外な現金を要求され、弁護士事務所に駆け込むケースもあるように聞く。
多くのバーやスナックが入居する飲食ビルでは、深夜遅くまで営業すると周囲のやっかみからタレこまれ、警察の厳しい行政指導を受けることになる。
営業時間が短縮されれば効率化が求められ、営業時間後のアフターを有効に使うように、店の女の子に勧めている高級クラブが出てきたと、中洲スズメが噂し始めた。
中洲における男女の仲は狐と狸の化かし合い、恋と商売は紙一重と言われており、駆け引きに野暮は禁物で割り切ることが大人だろう。
企業の交際費も厳しくなっており、高級クラブと言っても客は選別出来ないため、若い素人女性を目的に来店する客が増えれば店の質も低下し、上質の客は問題の高級クラブを敬遠するようになって、売り上げ第一主義が裏目となって悪循環に陥り、客足がますます遠のくようになる。
イメージが大事な高級クラブは、一度ブラックの汚名がつけば、拭い取ることは非常に困難だが、逆に健全化してしまえば面白味が薄れ、客が減るもので、その兼ね合いはひじょうに難しい。


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新宮家の葬儀

今年で73歳になるが、なぜだか出席する葬儀が多くなったように感じる。
これまで裏方として葬儀にかかわった経験は、普通の人たちよりも多いと自負しているが、先日亡くなられた故・新宮松比古元県議会議員の葬儀は実に立派だったと、多くの参列者が話題にして故人を偲んでいる。
ガンを患い入退院を繰り返していただけに、家族はある程度の覚悟があったと思うが、亡くなられて短時間のうちに、通夜、葬儀の日程が関係者に連絡され、実に見事だった。
故人の実子である長男は、あれほど博多区に堅固な選挙地盤がありながら、後継者とはならず、自ら起業して経済人となり、立派に活躍していると聞く。
葬儀で古い友人が読まれた弔辞も立派で、参列者の涙を誘った。
会場となった中央区の斎場は、これまで地元政財界人の葬儀が、数え切れないほど行われてきたはずだが、これほど多くの参列者が焼香に訪れたのは、初めてではないだろうかとも言われている。
故人は40以上の公職に就いていたようだが、中でも祇園山笠関係者への連絡は、実に感心するほどスムーズに行われた模様で、今年も追い山を櫛田の空から見守っておられることだろう。


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博多ごりょんさん

人口150万人を超えた福岡市、7つある区の中で博多区は、戦前から商売人の色が濃い町で、博多の祭りとして全国的に有名になった祇園山笠も、元は博多区にある櫛田神社の夏祭りであり、祇園山笠が那珂川を渡って天神までお披露目に行くようになったのは、戦後の話である。
祇園山笠は男の祭りで、女性は「不浄の者」と見なし、20年前までは、詰所に立ち入り禁止の立札が出ていたが、女性からの抗議で今は取り払われて無い。
そんな男の祭りを陰で支えていたのが、「博多ごりょんさん」と呼ばれていた女性達で、男たちが山笠にのぼせている期間中、商売や家の留守を守っていたことから、尊敬の念を持って呼んだのが今でも残っている。
「博多ごりょんさん」は表に出ず陰で支える縁の下の力持ちで、白の割烹着が一番似合い、博多区の県議会議員だった新宮松比古氏夫人はその第一人者とも言える存在で、選挙を手伝った事務所の古い人の間では、今でも語り草になっているほどだ。
しかし最近の「ごりょんさん」は、いろいろな集まりごとの会を作り、裏方ではなく表に押し出し、パーティなどでも壇上で乾杯の音頭を取る人も出てきており、「博多のごりょんさん」のイメージも随分変わったものである。


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