ラガーマン 坪田晋氏に期待・福岡1区

明日告示される衆院選、福岡1区の坪田晋氏にエールを送りたい。

坪田氏は 1983年生まれの37歳、筑紫丘高校を卒業後、大学ラグビーの名門 早稲田大学に進学、5軍からスタートし 怪我と戦いながら4年にはレギュラー入りを果たし、国立競技場の舞台にも立った。

大学卒業後は、地元NPO「福岡すまいの会」で発達障がいを抱えた人々の就労支援やホームレスの人の自立支援に取り組む。
2014年に社会保険労務士の資格を取得、独立して企業の労務顧問、障害年金手続き代行、メンタルヘルス研修などを行ってきた。

また、重度障がい者の車いすラグビーチーム、「福岡ダンデライオン」を立ち上げ監督に就任、苦難を乗り越え、現在チームは日本選手権4位と飛躍するまでに成長した。

実際に話を聞く機会があったが、話し方も堂々として オーラが感じられた。
体力と精神力はお墨付きだ。
口八丁手八丁や苦労知らずの政治家が多い中、弱者の目線を大切にし 共に行動してきた 彼のような人物こそ、人の上に立ってもらいたい。

坪田晋氏のホームページは  こちら


早稲田大学ラグビー部


車いすラグビーチーム「福岡ダンデライオン」

 

福岡1区・坪田氏が事務所開設

立憲民主党福岡1区総支部長の坪田晋氏が5月6日、博多区吉塚に選挙事務所を開設した。

事務所を訪ねたところ、オリンピック銀メダリストで現在は福岡市議の山田ゆみこ市議や、早稲田大学ラグビー部の友人らが集まり 打ち合わせ中だった。
もちろん国政選挙は初めて、手探りではあるが 「若さ」と「体育会系のチームワーク」でカバーしていきそうだ。

小さな事務所だが、今後は 支援の輪が広がっていくだろう。

坪田晋事務所の住所:福岡市博多区吉塚2丁目3-5

訃報・池上邦俊氏

最近は年を取ったせいか、お祝いの招待状より訃報の知らせが増え、4月28日には後輩である、池上邦俊氏が亡くなったとの連絡を受けた。
学生時代はさほどの付き合いは無かったが、彼が独立創業してから仕事上の相談を受けるようになり、よく夜の中州で会った再には、二人の共通のスナックで酒を飲み、カラオケを歌ったりしたものである。
野球やサッカーなど、親子で共通のスポーツを趣味にするというのはよく耳にするが、親子で高校時代にラクビープレイヤーとして活躍し、ともに花園でプレイしたという話は、余り聞いたことがない。
そうした池上邦俊氏だっただけに、彼との話はラクビーと祇園山笠で、「オッショイ、オッショイ」の掛け声で、カラオケを歌っていた声が思い出される。
生涯をラクビー一筋にささげた人生だけに、祭壇にも楕円形のボールが飾られており、供花の名札を見てもラクビー関係者が多く、また70歳を過ぎた老人の葬儀には珍しく、多くの若い人が参列していたことに驚くとともに、彼が最後までラクビーを愛していたのだと強く想い知らされた。
彼がラクビーをこよなく愛した精神は、立派に成長した男の子たちに受け継がれ、さらにその子である孫たちに引き継がれ、ラクビー仲間の中で「イケガミ一家」と、呼ばれる存在になることを確信している。
池上邦俊氏が歩んだ人生の試合は「ノーサイド」の笛で終わりが告げられた。
安らかに眠りたまえ、ご苦労さまでした。


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