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(07年2月号掲載) 先生を師として尊び敬ったところから、尊敬と言う言葉が誕生したと思っているが、いつの頃からか先生への言葉使いも、子供たちは友達感覚になっていた。 先日福岡市内の小学校の父兄会で、1人の母親が先生にお願いしたのが、「自分の子は箸の持ち方や使い方がおかしいので、厳しく教えてくれ」と頼み、周囲の母親も同調して発言したと聞いて、どこか狂っているのではと、周囲の50歳以上の何人かに問うてみた。 全員が箸の使い方などは、家庭のしつけと言う答えが即座に返ってきたのは言うまでもなく、本来は家庭で教えることを放棄し先生に押し付け、それに反発しなかった先生では、教えることは困難だろうと思う。 多数の若く経験が浅い母親を相手に、その様な自論を主張することは難しく、出来ることなら穏便に会を終了したく、一応実行できるかは別にして、全て受け入れていると言うから怖い。 レストランなどで騒ぐ子に注意すると、「ほらよその叔父さんが怒っているので止めなさい」と、子供を叱る母親が実に多いのには驚く。自分の子供のマナーの悪さ、家庭でのしつけが行き届いていないのを、恥じるどころか棚に上げ、他人のせいにするから、今度は母親を叱りたくなる。 昔は父親が子を叱り、母親が諭し庇ったものであるが、最近は2人揃って躾と称し、長期間にわたり暴行や食事を与えず、幼い命を奪うケースをニュースで聞く。男女の愛はあっても、母親の愛はないのだろうか。 (J)

