由布院 虫庭の宿 [2008年9月17日09:09更新]

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西日本新聞朝刊の聞き書きシリーズで、大分県・由布院を代表する旅館「玉の湯」会長・溝口薫平氏の「虫庭の宿」が9月11日から始まった。私と由布院との付き合いは古く、もちろん溝口氏も旧知の仲。記事を読みながら懐かしい記憶がわき起こってきた。



 

溝口氏は日田出身の山男。先代が経営していた頃の旅館は登山客の定宿で、私の義父が久住や由布岳に登って利用していた縁で40年前から湯布院に足を運んでいる。当時、福岡からは休憩を入れて片道5時間のドライブで、とても日帰りは無理なコースであったと記憶している。 

盆地の中のひなびた温泉地で、訪れる度に色々な人との出会いがあり、中には兄弟のようになって親戚以上の付き合いが続いている人もいる。その上、若手経営者の間から起こっていた、町おこしの運動にも関わることとなった。

福岡で倒産したある建設会社の社長が、湯布院に移って温泉旅館を買収し、営業を始めた。ところが何と、宣伝目的で屋上に「自由の女神像」を建て、町中が大騒ぎになった。町民の反感を買い、筆者も撤去運動に関わったが、今となってはそれも楽しい思い出として酒の肴になっている。

 

当時若かった仲間も、今は年老いた。全国を代表する温泉地となり東京など大都市から多くの人々が訪れるようになった湯布院町だが、平成の大合併で町名も消えてしまった。通りには他地区から進出した新しい施設や土産物店が軒を連ね、メインと思われる通りには人が溢れ、昔の面影を見ることはできない。

そんな通りから一歩離れて橋を渡り、手入れされていながらもごく自然な感じの、短い雑木林を抜ける。するとそこにはノンビリした大分弁の空間があり、玉の湯のフロントになっている。湯布院には玉の湯よりも建物や施設の充実した、素晴らしいホテルや旅館もあるが、社員や現場従業員の資質で評価が左右されている。「人材」と「人財」の違いを客が見抜いている結果であり、社員教育の大切さを知らされた。

(J)