浅野工務店自己破産とディックスクロキ [2008年7月28日08:11更新]

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地元中堅業者として相応の知名度を有していた建築会社「浅野工務店」(福岡市早良区)が7月24日の夕刻、社員を集めて全員解雇の通知をした―との情報が、翌25日早朝に飛び込んで来た。あわてて取材を開始すると、すでに自己破産を申請していたことが明らかになった。



同社は代表の浅野忠雄氏が自己の経験を基に1982年に創業。85年に法人化を行い、当初は木造住宅を専門に営業していた。

その後、次第に中小のビル建設受注にも進出し5億円前後の年商で推移していたが、今その動向が注目を集めている「S、M、D」の1社「ディックスクロキ」(福岡市中央区)からの受注が増えたため、08年6月期には8億円前後に上ると言われている。

デ社との付き合いが浅い、いわば後発組の同社は、営業力が弱く受注する仕事の収益性も低かった。加えてデ社が手がけていた大分の工事が中断され、手持ち工事がゼロに近い状況に落ち込んだ。今後の受注見込みもないところから、自己破産の申請を弁護士に依頼した模様だ。

負債総額は約2億7000万円で、金融負債は1億円前後と伝えられる。すでに事務所は閉鎖、隣接する代表の自宅も玄関が閉ざされ、代表本人との連絡も途絶えている―と訪れた関係者は語る。

 

浅野工務店の主力取引先だったディックスクロキだが、現在所有している福岡市中央区今泉の体育館跡地では、ある宗教団体関連施設の建設話が進められている―との情報が入ってきた。関係者に取材したところ、「確かに施設建設のため中央区の土地を物色中で、すで予定地を絞り込み水面下の交渉もかなり進んでいるが、体育館跡地とは別」との回答を得た。

優れた企画力と営業力が自慢のディックスクロキ。だが大分の1件で信用不安が起こったのに加え、一般的な金融機関の引き締めが重なり、同社の販売予定先の資金調達も難しく商談が崩れていたのが実情である。浅野工務店はこうした状況を踏まえ、これ以上の無理な営業でマイナスが拡大するのを恐れ、早めの「決断」に踏み切ったと思われる。

業界全体から見れば小さな倒産かもしれないが、今後に与える影響は大きい。

(J)