西鉄ライオンズの稲尾和久氏が、11月13日に70歳の生涯を閉じた訃報が、マスコミによって大きく報じられた。団塊の世代は「巨人、大鵬、卵焼き」だろうが、福岡に育った1つ上の世代は「神様、仏様、稲尾様」で、久し振りに聞く言葉が懐かしく、古いエピソードを書いてみた。 幼い時に唐人町で暮らしたことがあり、昔住んでいた近所に三原脩監督や娘婿である中西太選手の家もあり、西鉄ライオンズの選手寮もあった。母に連れられよく遊びに行ったものである。 そんな関係で大下、豊田、高倉、仰木など有名選手のサインも、子供ながら随分集めたもので、当時は車も少なく道路でキャッチボールをして遊んでもらった記憶もある。 当時の平和台球場への足は西鉄市内電車であったが、ある日ラジオで実況放送を聞いていたら、アナウンサーが「今日の稲尾は大きく見えます」。この言葉は今でも鮮明に覚えていて、子供心に「急に稲尾が大きくなるのか」、意味が理解できずにずっと疑問に思っていた。 それから十数年経て社会人になり、高校恩師の兄で、地位ある人に面会した。事務所の立派な応接間に通され、相手の方が大きく見えた。この話を恩師に報告すると「兄の方が自分よりも背が低い」と知らされ、長年持っていた疑問の1つが理解できた。 その後も、日本舞踊の舞台を見た時、師匠の踊りが終わって話をした時に、舞台では大きく見えた師匠が、あまりにも背が低いのに驚き、芸の素晴らしさにあらためて感動したことも。何度も人生の場で「平和台の稲尾投手」が登場し、これほど身近に思い出がある野球選手はいない。 多くの人に感銘を与えて、特に福岡市民には忘れられない、西鉄ライオンズの鉄腕稲尾投手。「本当にありがとう」の言葉を贈りたい。 お疲れ様でした、安らかにお眠り下さい。 (J)
「鉄腕」稲尾投手の思い出 [2007年11月15日00:01更新]
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