全国で最も有名な温泉地の1つとなった湯布院温泉。やまなみハイウエーが開通せぬ40年前から足を運んでいることは以前述べた。日田経由で途中休憩をしながら、片道4時間あまりのドライブ。当時は盆地の中に小さな旅館が数軒営業している状況だった。旅館の若い経営者や役場の職員が中心となり町おこしが始まるのは、私が最初に訪れてから数年後のことである。 平成の合併で湯布院町の名は消えたが、観光客の中には立派に生きており、観光客の人気度はいまだにトップクラスではある。だが現状はどうか。日本一のつり橋が九重に完成し昨年はその恩恵を受けて潤ったようだが、一時期の興盛ぶりには及ばないのが現実ではないだろうか。 湯布院を訪れる観光客は確かに多い。しかし高速道路が整備されたために手頃な日帰りコースを楽しむ客が増え、宿泊客は減少する傾向にあるという。また、バブル時期に設備投資が盛んに行われハード面が充実したものの、それが宿泊料金に跳ね返ったことから、黒川温泉(熊本)など後続の観光地に客が逃げているケースも考えられる。 そんな中でも旅館「玉の湯」は、高額な料金設定にもかかわらず常に満室状態が続いている。その秘密がどこに隠されているのか、1度聞きたいものだと思っていたところに、西日本新聞朝刊で玉の湯会長・溝口薫平氏の聞き書きシリーズ「虫庭の宿」の連載が始まった。興味深く、また懐かしさも覚えながら読ませていただいている。 ホテルや観光施設の若い経営者達が、町の賑わいを維持しながらどの様にして新しい湯布院を目指すのか、非常に興味を持って見守っている。そのためのヒントが、先達の言葉の中に隠されているように思う。 今ではかつての若いリーダーも年老いて経営を後継者に譲り、第一線から身を引いてはいる。しかし対外的な人脈や外交手腕は衰えてはおらず、回顧録を語りながら反省する情熱も失っていない。たとえ病を患っても常に前向きな姿勢であり続けることが、若さを保つ秘密だろうか。 (J)
続・虫庭の宿 ぜひ知りたい「成功の秘訣」 [2008年11月10日09:29更新]
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