大塚家具が撤退へ 北九州市の活性化は? [2008年12月1日08:47更新]

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かつて北九州地区には日本4大工業地帯の1つとして、新日鉄を頂点に重厚長大の基幹産業が名を連ねていた。北九州工業地帯は隆盛を誇り、45年前には門司、小倉、戸畑、八幡、若松の5市が合併し政令都市・北九州市が誕生した。



一方で県庁所在地である福岡市の人口は当時70万人程度であったが、商業機能の集積が人口増加に結びつき、今やアジアの玄関口として140万人を超えている。

これに追従しようとした北九州市は、市を核とした「北九州輸入促進センター」(キプロ、小倉北区浅野)を設立、1998年4月にアジア・太平洋インポートマート(AIMビル)を開業した。当初は「ヤオハン」のグループ会社が入居を予定していたが、同社の破綻で結局「大塚家具」(東京)を誘致し小倉ショールームとして営業。ところが来年5月をめどに撤退することがこのほど発表され、地元商業関係者に衝撃が走った。

 

かつて小倉駅北口は、南口の繁華街に比べて空き地が広がるだけの閑散とした状態だった。末吉興一・前北九州市長にとっても大きな課題の1つであったが、その手腕でもって施設の新設や企業誘致による活性化を目指し、大型ホテルや国際展示場などを次々と完成させた。

さらには若者をねらって「ラフォーレ原宿」もオープンさせたが、当初は若者で店内は溢れていたものの次第に福岡へ流れ、昨年1月ついに撤退した。この例に象徴されるように、小倉北口には一時多くの人が足を運んだものの現在では周囲の経済的な地盤沈下は著しく、北橋健治市長も頭を悩ましている-と関係者は語る。

 

韓国からの観光客を誘致するために、新たに航路を開設したが現在は運休。素晴らしい港湾施設に加えて新空港も整備され、高速道路やインフラ整備は、政令市中トップクラスであるが、暴力団の発砲事件などが街のイメージを大きく低下させる要因となっているのは間違いない。

海上に建設された新空港は24時間の運行が可能である。例えば、乗客主体から貨物主体に切り替えてさらに拡張し航空機の整備工場を新設すれば、世界中から航空機が集まるだろうし、無理な集客をせずとも物の集散で自然と潤うだろう。

北九州から福岡に人が来ても、福岡の人は北九州にはなかなか行かないのが現実である。福岡の2番煎じではない、独自の方針で活性化を考えないと北九州市の良さを発揮できず、町の発展はないだろう。

(J)