昨年末のある休日、由布院の旅館「玉の湯」会長、溝口薫平氏の元を久しぶりに訪れた。溝口氏とは40年来の旧友で、現在西日本新聞の聞き書きシリーズに「虫庭の宿」を連載しており、日頃から興味深く拝読させていただいている。 寒波の訪れで非常に寒い日ではあったが、霧氷に覆われた由布岳の山頂付近は素晴らしい景色で、思わず見とれてしまった。観光客もさぞ多いだろうと「湯の坪街道」に入ると、予想に反して道行く人の数は少なく、首を傾げざるをえなかった。 別府が全盛期であったころの由布院は、奥座敷的存在で知名度も低く、盆地に位置するひなびた温泉地であった。そんな中有志による町おこしが始まり、福岡市の水飢饉の時には温泉宣伝隊が訪れ、雨乞いの神楽を福岡銀行前の広場で行ったことを覚えている。そうした地道な努力を積み重ねてきたおかげで、今日があると言っても過言ではあるまい。 今や観光地としての由布院はブランド化し、客が全国から集まる有名旅館は常に満室状態が続き予約するのさえ難しく、正月などは1年前から満杯と言われていた。しかし不況の影響で全体的に観光客は減少傾向にある。由布院も決して例外ではなく、灯りがまばらな宿泊施設もあった。 秋口からの客の減少を予想できずに対応に苦慮している経営者も多く、そんな状況から早くも旅館の身売り話が囁かれているという。こうした厳しい現状は「由布院観光のカリスマ」とも呼ばれる溝口氏との短い会話の中でも感じることができた。今年は由布院も福岡の経営者同様に正念場を迎えるのは間違いない。 今や観光地として日本トップクラスに名を連ねているもののこれと言った大きな施設はなく、すでに最盛期を過ぎ衰退期に入ったと評する関係者もいる。現在の環境を維持しながら町が一体となって集客増に努力しないと、全国に名がとどろく由布院といえども、大きな転換期を迎えることになるだろう。 (J)
由布院を訪ねて [2009年1月7日10:22更新]
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