古くから海外貿易で発展した福岡市は、玄界灘に面しているだけに新鮮な魚介類に恵まれ、店内にいけすを持っている料理店も多い。そのトップクラスの一角を占めるのが「てら岡」(福岡市中央区渡辺通り5丁目、代表者寺岡直彦氏)で、食通の間では認知度も高く多くの観光客も訪れていた。 同代表は若くして料理人の道を進み、現場で習得した技術は高く評価されていた。1975年に独立して「てら岡」を創業、代表自ら店頭で包丁を握る店は評判となった。次々に趣向を凝らした料理を考案して客を呼び、料理店・すし店と多店舗展開を始めて「てら岡グループ」を形成するまでに成長した。 料理人から商才ある経営者となった代表は、現場を熟知しているだけに仕入れにも目を光らせ、売り上げが20億円を超えたこともあった。毎期1億円以上の利益が代表の積極的な経営の原動力となり、一時期は飛ぶ鳥を落とす勢いで出店を重ねた。 グループ内でカリスマ的存在であった代表が完全に現場を離れてしまうと、ソロバンが先に走り利益を求めたために、現場でのトラブルがマスコミでも報じられ、客足が遠のいた時期もあった。だが不採算店舗を整理して見事に乗り越えた。 とはいえ利益を確保しながらも売り上げは往年の半分となり、特に通信販売の材料偽装が問題になったことで08年3月期は年商も10億円を割り込んだ。2億円近い赤字を出したことで資金繰りが悪化、昨年12月に10億円前後での本店売却に至った模様である。 これまでの本店を中洲店へ移し、今年3月に再オープンする計画を進めているという。代表の実子である後継者がまだ一人前に育っておらず、一歩後退して体力の回復を待つ策のようだ。 還暦を過ぎた代表が老骨にむち打って実子を教育すれば、店も活気を取り戻すのは間違いないと思われる。3月の新店舗オープン時には、久し振りに代表の包丁捌きを味わいたいものである。 (J)
「てら岡」の復活を期待したい [2009年1月19日10:52更新]
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