田中製作所 破綻の理由 [2011年7月5日12:11更新]

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ゼネコンの下請けをしている建設関連業者は、元請から厳しい価格を求められるために、大半が苦しい経営を強いられている。最近は福岡市近郊から鉄骨加工業者が姿を消し、単価の安い福岡周辺及び県外の業者に発注されており、「田中製作所」(熊本市植木町 代表者田中克雄氏)もそんな会社の1つであった。



独特の工法を開発して最盛時には売上約17億円を計上したこともあるが、最近は9億円前後で推移、苦しい経営が続いていた。

同製作所は6000万円の決済を控えた6月末、3000万円の現金をかき集め、残り3000万円は「肥後銀行」(熊本市)の支店で手形割引を行うよう準備を進めていた。

ところが決済前日の29日、肥後銀行から手形の割引を拒否されたところから、急きょ自己破産申請を準備するよう弁護士事務所に依頼。負債総額約13憶2000万円で破綻するにいたった。

同製作所は1968年の設立で、苦しいとは言いながら業歴もあるだけに、数日の猶予があれば破綻を回避する方法もあったはず。肥後銀行を信用していた代表は泣くに泣けないだろう。

このような例は10数年前の相互銀行時代であればよく聞いた話ではあるが・・。後日支店長が謝罪に来たとの情報も聞くが、決済前日に手形割引を拒否した同銀行の行為は、とても地銀の取る態度とは思えない。

小説「火の国銀行」の内容はやはり事実であった-と、あらためて裏付けるような今回の倒産劇である。