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エネルギー源である石油の前は石炭で、石炭に陰りが見え始めた頃に大牟田の三井三池炭鉱で、今でも語り継がれ労働史にも名を残した三井争議が始まり、その時生まれた言葉が「去るも地獄、残るも地獄」の名文句である。 先日北九州の建設関係者が福岡での相撲見物を終え、自宅に帰ってきた直後に何者かによって射殺されたが、犯人が絞り込めないのか表立った情報は伝わっては来ない。
射殺された被害者は暴力団と関係があったようで、スーパーゼネコン大林組の名義人として業界で辣腕を振るっていたが、暴力団との関係で一時は名義人を外されていたものの、数ヶ月前に当局と決着したのか復帰していた。
11月には業界団体役員を永年務めていた功労で、叙勲の栄誉も受けた人物で、地域の自治活動も熱心に行い、暴力団排除運動の先頭に立っていたと言われている。
今回大林組の名義人復帰と叙勲を受けたことで、暴力団と決別した行為に対する報復と、情報通は分析している。
北九州では警察に協力すれば、暴力団による発砲事件に巻き込まれ、暴力団との親交を続ければ、指名停止や営業停止の行政処分を受けて、建設会社は倒産の道を選ぶことになる。
そこで前述の争議の言葉に結びつき、建設会社は苦しく厳しい選択を迫られており、数年後には既存の建設業者の大半は消える運命にあると極論する、情報に精通した関係者の話が罷り通っているのが北九州市だ。こんな記事も読まれています

