地権者会は解散、町長も「計画は白紙」(1) [2007年11月28日22:02更新]

noimage

hisayamaMAP2.JPGのサムネール画像久山町のテーマパーク計画で、建設予定地を所有する「PSJ(パラマウント・スタジオテーマパーク・ジャパン)久山地権者会」(国崎豊会長、約100人)は11月25日に総会を開き、「解散」を決定した。今後はPSJの名称をはずした上で、別組織として再出発する方針。

一方、鮎川正義町長は27日に開かれた町議会で「計画は白紙に戻った。地権者の意向を尊重したい」と発言。地権者・自治体が相次いで計画からの「撤退」を表明したことで、本紙がこれまで再三報じてきたように、ついに終止符が打たれた形だ。



会の解散決定を受け、事業を進めてきた「日本トレイド」(福岡市博多区)の山崎和則社長は「実現の可能性はまだ残っている」などとコメント。だが、予定地を確保できない現状では、テーマパーク誘致計画は事実上頓挫した ― と断じざるをえない。

2002年に発表された「パラマウント・テーマパーク構想」。1400億円とも2000億円ともいわれる大規模プロジェクトだが、そもそも、日トレ社にこの大プロジェクトを実現する能力があったとは言いがたいのが現実。にもかかわらずこれまで、山崎和則社長はことあるごとに事業が順調に進んでいるかのような発言を繰り返してきた。

今後は日トレ社が集めた資金の行方やその手法の是非などについて、同社の山崎和則社長をはじめ、推進役を果した関係者らの責任が厳しく問われることになる。

地権者会総会の内幕

総会で出された最終的な結論は、「玉虫色」とも受け取れるものだった。  

「解散に抵抗したのは佐伯勝重・前町長ら10人前後です」(メディア関係者)。佐伯氏は町長時代に事業を積極的に推進。02年には町議会議長らを引き連れ米カリフォルニア州のパラマウント本社を訪問。親会社の幹部らと面会して立地を働き掛け、帰国後は地元紙に「米側から前向きな発言があった。誘致に手ごたえを感じた」と語った。  

佐伯氏はまた、地権者会のメンバーの中で最も広い土地の所有者でもある。こうした事情を踏まえると、「抵抗勢力」の思惑は容易に想像がつく。  

一部の反発は、しかし、地権者会幹部にとって「想定の範囲内」だった。「現状では、すんなり解散が決まるだろう」としながら、こうした事態をも予想し「基本的には解散だが、反対意見が出た場合は役員や名称を変えるなどして会を存続させる」との方針を事前に決めていたのだ。このため、会の存続をめぐって激論が展開されるということもなく、総会の進行はスムーズだったという。

「夢のプロジェクト」に未練

本紙は10月号で「地権者会は今月半ばにも解散する結論を出す意向」と報じた。9月一杯で地権者との契約が切れ土地が宙に浮いた状態となり、「早急に結論を出したい」(会幹部)として、10月中に総会が開かれる予定だったからだ。  

しかし、一部の地権者が結論を出すことに慎重な姿勢を示した。一度計画を断念してしまえば、これまで待ち続けた数年間の我慢が何の意味もなくなる。また、複数の土地がまとまっているから価値が上がるわけで、それぞれの土地を個別に売買・賃貸するとなると相対的に価値は下がってしまう。地権者の心情は、十分理解できる。  

また、あらたに登場した「地元財界人」に、一瞬ではあるが期待感が高まったのも事実だ。日トレ社から事業を引き継ぐ目的で8月に設立された「MEC土地開発管理」社長に就任した伊藤博翌氏(ジャパン福岡・ペプシコーラ販売社長)。「この人物なら信用できるのでは」「計画が進展するかもしれない」。11月中旬には、地元建設業関係者の仲立ちで数人の地権者と福岡市内のホテルや中洲で「懇談」。お互いの意思疎通と関係改善を図った。  

だが、こうした「懐柔策」も結局は、長期に渡って募り続けた「山崎氏への不信感」を拭い去るまでにはいたらなかった。土地の賃貸契約をさらに延長するか否か―判断を迫られ「資金調達の方法やめどを示してほしい」と求める地権者側に対し、「守秘義務がある」などして拒否。周囲には「久山町の連中はビジネスというものがまったく分かっていない」と"逆ギレ"していたという山崎氏。両者の溝が埋まらなかったのは当然ともいえる。

「はっきり言って、山崎氏のことを信用できない。それに尽きます」(ある地権者)。