ギニアビサウからの手紙 第4回 [2008年5月1日09:45更新]

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アフリカに長く滞在していると必ずといっていいほど「マラリア」の洗礼を受けます。熱帯から亜熱帯に広くみられる、蚊の一種、ハマダラカが媒介する原虫によって引き起こされる感染症です。日本ではまず感染することはないので名前だけは聞いたことがある、という方がほとんどでしょう。

ギニアビサウの死亡原因の1位は、いまだにマラリアです。今回は1996年10月、ギニアビサウ第2の都市と言われているバファタに行った時のことを書きたいと思います。

 

イスラムの香り漂うバファタの町並み

 



バファタは首都ビサウから東へ150キロくらいの内陸部にあり、人々のほとんどがイスラム教徒で、町並みもイスラムの影響を色濃く反映しています。雨季から乾季に移る時期で、日中は暑くても朝晩は過ごしやすくなり、日本の初秋のように感じます。

それまでにも訪れたことはあったのですが、この時期にバファタに来るのは初めてでした。すごい勢いで茂っていた草がもう元気を失い、草むらの隙間から沈む夕日が見えるようになっていました。

イスラム教徒の町だけれど、万聖節(カトリックの祝日)の花輪をあちこちに見かけました。万聖説は、乾季の始まりの合図でもあります。

アレックス(私たちの仲間、当時20歳代)と町の様子を見に出かけました。バファタにも活動拠点を置くというプラン(*注)があり、<ここでもビサウと同じように洋裁教室が開けるだろうか?>などと考え、キョロキョロしながら歩いていました。

すると突然、目の前が開けて、眼下に大きく蛇行するジエバ川が広がります。ところが、それまでにも何度か見ていたジエバ川の水が赤いのです。驚いている私に気付いたアレックスが「これは『バファタの水』というんだ。今の時期毎年こうなるよ」と教えてくれました。

赤い水が流れるジエバ川

川の水が赤黒い!本当に川全部です。雄大な眺めではありますが、美しいとはちょっと言い難い、凄まじい色でした。

訳を聞くと、赤黒い水草が水面をびっしり覆っているから、とのこと。やっぱりアフリカだ!

短期間でしたが私たちは一軒家を借り、深い井戸から水を汲んで炭火で炊事をしました。私も作りますが、火を起こすのがとても難しい。それに比べてアレックスは鮮やかです。料理も上手。洗い物も上手。彼はバケツ半分の水で鍋も皿も全部洗ってしまいます。 

愛する妻子と一緒のアレックス

その家にはシャワー室がなかったので、私はいつも暗くなってから家の裏手で行水をしました。おちおち石けんなんか使っていられません。あたふたと行水は2分間で終わらせます。トイレットペーパーもありません(バファタには売っていなかったようです)。用を足した後左手で処理し、水でその手を洗うのです。

ある朝起きたら、寒気がしました。「マラリアだ!」

すでにかかった経験がありましたから、ピンと来ました。昼食の時も食欲は全くなし。もう寝ているしかない。2日後にはビサウの研修センターに戻る。それまでがんばらなければ・・。

夕方から夜の間に熱が上がり、凄まじい寒気を感じます。これがマラリアの特徴です。セメントの床の上に直接敷いた薄いマットレスに横になり、持ってきた衣服を5枚も重ね着しバスタオルを掛け布団にしました。

でも寒い。40度近い高熱なのに、寒気で眠れないのです。<早く朝になって!気温が上がって!>と切に願いながら夜を過ごしました。

翌日、近所のフェリシアーノとダニエルが来て、手を握って励ましてくれました。薬もなく心細かったけど、2人の訪問がどんなに力になったかしれません。日曜日の朝、アレックスに支えられてやっとの思いで乗合トラックに乗りました。ビサウに着いてご飯を食べ、すぐにキネマックス(マラリアの薬)を飲んでベッドに倒れこみました。 

混み合う乗り合いトラックその時のマラリアは長引いて、いったん治ったものの、12月に帰国してからまたぶり返しました。少し疲労が残っていたのでしょう、体力が落ちたりするとこういうことがよくあるのです。

考えてみれば私たちはマラリアの薬を買うことができます。買うお金があるのです。ギニアビサウでは薬を買えない人々があまりにも多くいます。マラリアだけでなく、お金があれば治せる病気も、貧しさのせいで治すことができない。

例えば、バファタで隣に住んでいたミセス・ジウン(当時20歳代)。彼女は、すごくやせていました。いつも具合が悪そうで、力なく腰掛けていました。ある時、腐り始めていたご飯を捨てようとしたら、「それちょうだい」と大事に持って帰りました。飼っている豚のためではなかったようです。少し後ですが、ジウンは亡くなったとアレックスから聞きました。

若い仲間や知り合いが、貧しさゆえに病気で命を落としてしまう。こんなことが本当に多い。これがアフリカの現実です。

あれから12年経ちました。あの時も含めて6、7回マラリアにかかったけれど、生きています。まだ元気です。そのことに心から感謝したいと思うこのごろです。

苦しむ私を励ましてくれたフ
ェリシアーノとダニエルは元気にしているでしょうか?

(*注:バファタに拠点をおくというプランは諸事情のため実現しませんでした)

<第5回へ続く>

★ギニアビサウとは?