ギニアビサウは魅力的ではあるけれども、良い所だけではないのです。日本とは違う―そのことはよく分かっているつもりですが、実際に現地で生活するということは、きれい事だけではすみません。日本では想像もできない現実の中で、自問自答を繰り返し、鍛えられながら活動しています。 今回もトモミさんの手紙から・・。題して「ラドロン」。 ギニアビサウには、とにかくラドロン=泥棒が多いです。人ごみでのスリや値段をふっかけられるなんていうのは、発展途上国ではごく当たり前― 一応は、そう覚悟はしています。でも、実際にそういう場面に出会うと、やはり落ち込んでしまいます。 ガス屋の店員(ギニアビサウでは自分でガスを買いに行かなければならない)のフリをして、料金を渡すとそのまま逃げていった若者がいました。それから、トラックの荷台に積んだ野菜を、数人が盗み出していったのには驚きました。こちらはトラックに乗っているのに・・。 こういった確信犯の「本格的な泥棒」だけではありません。水道のある家に勝手に入って水を汲んでいく。そこに洗濯物が干してあったらついでに持って行く・・。外に物を出しておいたらいつの間にかなくなっていたなんて事は日常茶飯事。そういった「悪気のない泥棒」があまりに多いのです。 でも本当に困っていて、こちらがあげたわずかな物やお金で、「助かった」と喜ぶ人もいます。ある日若者がたずねて来て「父親が亡くなったので働き手がなくなり、家には自分の母親と小さな弟がいる。自分は家族を養うために地方から戻って来たところだが、まだ職が見つからない。今日食べる米だけでもくれないだろうか」 私は迷ったのですが、真実味のある若者に見えたので、米とタマネギを渡しました。すると、それを見ていた現地の人が「あれは泥棒に入る下見に来たのかもしれない。気をつけた方がいいよ」と忠告してきたのです。私は驚きました、彼も親切をあだで返す「悪党」なのか・・。 でも後日、彼の母親がお礼を言いにきたので、とても救われた気持ちになりました。 それにしても、こんな生活の中でたまに正直な人に出会うと、本当に美しく見えてしまいます。 <第4回へ続く>
こんなことが続くと、誰も信じられなくなってきます。誰にも何もあげたくない。
いろいろと経験を重ねて、ずいぶん賢くなったと思いますが、さらに上手のラドロン、詐欺師に出会うことも。「だめもと」という言葉があります。これに習って「うそもと」と思っていれば腹も立たず、本当だった時に嬉しくなれるかもしれない―こう考えたりして、自分の中で折り合いをつけながら現実を受け入れています。
ギニアビサウからの手紙 第3回 【下】 [2008年4月2日08:36更新]
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