ギニアビサウからの手紙 第2回 【上】 [2008年3月3日08:48更新]

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子どもたちから歓声が上がりました。

今回のスタディーツアー(パッケージツアーとは違って実際に人々と触れ合い、交流する中で色々と考えてみませんか―という体験ツアー)では、朝倉農業高校と朝羽高校の生徒会から贈られた靴を届けるのが目的の1つでした。



ソナック小学校の3-6年生に約130足。われ先にと手に取る子どもたちを見ていると、率直に「よかったなー」と思います。長い時間を掛けて日本から来たかいがあったというものです。

 

モロッコ・カサブランカをすぎ、サハラ砂漠上空を飛んでいます。午前0:10。飛行機の外を見たら、真横に星が見えました。星って見上げる物だと思っていたけれど、目線と同じ高さで見ることが出来るのですね。新鮮な驚きでした。

そういえば、イタリア・ミラノの近くでは窓の外に雪山が見えました。やはり窓の横(下ではなく)に山脈があるのです。雲のようにも思えるので、目をこすって見、同行したカヨちゃんにも見てもらい・・。やっぱり、山です。あとでそれはアルプス山脈だということがわかりました。

それだけ高い山だということなのでしょうけど、地上の山も空の星も、機内からは自分のすぐ横にあるように見え、私の頭は混乱しそうでした。

関西国際空港を出発、イタリアで乗り継ぎ、セネガルの首都ダカールに到着するのは真夜中の午前1:15の予定でした。ですから、事前にホテルの予約をしておきました。

ギニアビサウ行きの便が発つまで、12時間は待つからです。ところが、予約した空港内のホテルに行くと、リストに私たちの名前がありません。フロントの青年が手書きのノートを何回も見て、次に、何気なく翌日のページを開いたらそこにあるのです。

「2月9日になってるよ」「そうよ!今は2月9日の午前3時でしょ」「いや、今日は8日だよ。部屋も空いてないし」「ううーっ」「そこのソファーに座ってていいよ。後2時間くらいで1部屋空くと思うから」

疲れきった私たち2人は仕方なく、汚れたソファーに座りました。もちろん眠ることなんてできません。それで私は床に新聞紙を敷いて横になりました。そのうちにそばでイスラム教のお祈りが始まってしまいました。最悪です。でも午前5時ごろ本当に部屋が空いて、カギのかかる、一応は水が出るツインルームに入ることが出来ました。デウス、オブリガード(神様ありがとうございます)!

福岡を発って40時間、やっとギニアビサウに入国しました。朝起きるとすぐに高麗人参濃縮液をなめ、総合ビタミン剤を口に入れて、水で流し込みました。とにかく、倒れずに仕事をするためです。マラリア予防薬を飲み、さあ、活動開始です!

今年度、ソナック小学校には242名の生徒が通って来ています。良い雰囲気です。いつものように校長や事務長とミーティングをしたり、授業の様子を見学したりします。

1年生も今では慣れて泣かなくなったそうです。けれども、昨年から今年にかけてその1年生の父母3名が病死したそうです。まだ30代なのに・・・。

あるときトイレの中を見たら、男子トイレでも女子トイレでもうんこが流れされておらず、凄い臭いを放っていました。 「アルミンダ、ププ(うんこ)が流れてないよ」。用務員のアルミンダは、午後の暑い時間は暇なので、マンゴーの木の下の、バンコ(長椅子)に寝そべっていたのです。

「だって今、水が出てないもの」「じゃあ、桶に水をためておかなきゃ(各トイレ内に100リットルの桶と柄杓を用意してあります)。早く何とかして。病気の元だよ」「うん、わかった」。彼女はゆっくりと水を汲みに立って行きました。

アルミンダは気立てのいい女性です。決して悪い人ではありません。でも<給料をもらっているのだから、ちゃんと働いてよ。生徒たちだって暑い中勉強してるんだし・・・>と言いたくなりました。

もともと短気な私は、ギニアビサウに行くとしょっちゅう熱くなってしまいます。エスペランサの仲間からも「馬場さん、ギニアビサウでは鬼のような顔をしているよ」と言われました。こんな私でも、いつかは「優しいお母さん」になれるのでしょうか・・。

<【下】へ続く>     

★ギニアビサウとは?