上村さんはセンター内もずいぶんと整えて下さいました。シーツ、カーテン、テーブル掛け、服などをミシンで作っていただいた上に、ほつれた衣服の繕い物まで。調子の良くない足踏みミシンを、どれだけ踏んでくれたことでしょう。 本当にたくさんのことをして下さいました。そんな中でも私が最もありがたく思ったのは、現地スタッフのアンパを助けてくれたことです。 当時36歳の彼は縁あってマリ人のジャネと結ばれ、娘も産まれていたのだけれど、妻子はマリに置いたままで、ギニアビサウに迎えることができずにいました。 地図で見ればギニアビサウとマリは近いことが分かると思います。陸路でも行けます。しかしアンパにはお金がありません。マリの大家族(ほとんどの国民がイスラム教徒で大家族なのです)にあげるプレゼントも、妻子がこちらに来る交通費も用意できない。公立小学校の先生をしているアンパは何カ月も給料をもらっていなかったからです(政府が払えないでいる)。 遠慮がちにその窮状を話し、肩を落として帰るアンパを見ながら、私は何ともやり切れない気持ちになりました。そのことを上村さんに話すと「よし、何とかしよう!」と言って下さるのです。 ありがとうございます! 朗報を早くアンパに伝えたくて夜9時すぎ、ネネに頼み込んで車を出してもらい、3人で彼の家に向かいました。必要なお金を持って! 「上村さんが援助してくれるよ」と私が伝えたとき、彼は驚きと喜びで言葉が出ません。「オブリガード(ありがとう)、オブリガード」と繰り返していました。 所帯を持つことは、もちろん日本でも大変なことです。アンパの場合、必要なお金は日本円で約3万円ほど。それだけのお金が工面できずに悩んでいたのです。 実際に彼が妻を迎えたのは1年半後です。お金ができたからといってスムーズに事が運んだわけではなく、まだまだ紆余曲折があったのですが、上村さんの申し出のおかげでこの時、大きな大き1歩を踏み出す事ができたのです。 今でも上村さんはアンパを心配し、アンパは「ドナ・ウエムラは元気? いくつになった?」と思いやっています。 上村さんは去年80歳になりました。今年のお誕生日にも「80歳です」、来年も再来年も80歳なんだそうです。 ずーっと元気でいていただきたい。私にとってもお母さんのようなドナ・ウエムラです。 <次回は12月1日UP予定>
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ギニアビサウからの手紙 第10回 【下】 [2008年11月4日10:16更新]
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