ギニアビサウからの手紙 第9回 【下】 [2008年10月2日13:07更新]

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記念すべき洋裁・識字教室再開の日。5人のお客様を招き、ささやかだけれど開校式を行いました。飾り付けはノリちゃんが担当、とても上手に仕上げてくれました。

この日、ユニセフ職員(ポルトガル人)の来賓挨拶が感動的でした。






「この2人は遠いアジアから来てくれた。日本大使館があまりいい顔をしない(危険度3だから)にもかかわらず、勇敢に来てくれた」「ギニアビサウは貧しいというが、物や服がないのが貧しさではない。もう出来ないと思って前進しないこと、何もしないで諦めてしまうことこそが貧しさなのです」

校長のミセス・ルルディスをはじめ、先生達の暮らし向きは決して楽ではありません。でも、彼女らは少しばかりの給料でギニアビサウの未来のために仕事を引き受けてくれた。すべてのことを本当にありがたく思いました。「皆の力を合わせてできたんだ!」という実感がありました。

ノリちゃんも私も下痢に悩まされていましたが、今でも思い出すとジーンと来るのです。

 

生徒は20人に絞り、期間は4カ月。識字教室の教科書(算数と国語)はユニセフから各50冊もらうことが出来ました。申請書を提出したところ、ユニセフのギニアビサウ事務局長(コロンビア人)から正式な返事が来て「これから一緒にやって行きましょう」と書いてありました。その返事とともに教科書の詰まった段ボール箱を受け取りました。

帰国の前日、セネガルの日本大使館に行きました。クーデター当時、世話になった御礼を言い、今回の失礼を詫びましたが藤間領事は気さくな方で「あなた達はギニアビサウをよく知っているし、ちゃんと連絡をしてくれれば何の問題もありませんよ」と答えてくれました。

ギニアビサウの惨状に力を失いかけたこともありました。でもすぐに思い直しました。落胆してはいけない! 疲れてはいけない! シュバイツァー博士も「この大地(アフリカ)は、決して気力をくじかれることなく援助する人間を必要としているのだ」(アルベルト・シュバイツァー著「水と原生林の間に」)と言ってるじゃありませんか!

2人とも、もちろん十分とはいえませんが、やれることはやったという充実感がありました。もうヘトヘトでした。幸運にもマラリアにはかからず、持っていたキネマックス(マラリアの薬)は現地の人にあげてきました。

かくして洋裁・識字教室は再開されました。さて、どのように展開するのでしょうか・・。

<第10回へ続く>

★ギニアビサウとは?