福岡と天然痘の歴史 [2022年11月25日09:41更新]

新型コロナウイルスにより 世の中が一変したことで動物由来の感染症に対しての関心が高まったが、福岡県では いち早く「ワンヘルス」の理念に基づき感染症に関する施策を取り入れており、政府からも先進自治体として注目される存在となっている。

感染症の中でも人類史上最大の脅威と言われた天然痘、我が国の歴史の中で 福岡とその天然痘が切り離すことができない関係にあることは あまり知られていない。
天然痘は ウイルスに感染することで発症、感染力が強く 流行時には約8割が罹患し、致死率20~50%という恐怖の感染症である。

奈良時代に聖武天皇が大仏を建立した理由の一つに、735年から天然痘の流行により100~150万人が死亡したことが挙げられるが、大宰府の地から流行が始まった。
それは当時、大宰府が中国大陸との外交や交易の拠点だったからに他ならない。

また、鎖国政策をとっていた江戸時代、長崎が中国とオランダからの人の出入りがあり 九州は感染症が広がりやすかったことから、各藩は感染症の研究で優秀な藩医を置いていたという。
中でも 福岡 秋月藩の藩医、緒方春朔(おがたしゅんさく)が、1790年に人痘ウイルスからワクチンを作ることに成功、英国人のジェンナーが牛痘ウイルスから天然痘を予防できるワクチンを生み出したのは有名だが、それより 6年早い。

このように、大陸と近く 常に感染症と向き合ってきた歴史があり、今後においても我が国の感染症対策の拠点として 福岡県の役割が重要になってくるだろう。