交付金に偽造書類 [2024年3月19日10:23更新]

平成22年に1市2町が合併して誕生した糸島市であるが、合併前から続いてきた農業関連の交付金の不正受給が表面化し、市が対応に苦慮しているという。
農地、農道、水路の維持・管理には 相当の労力と資金が必要だが、我が国全体で農業従事者の高齢化や過疎化が進む中、国は交付金の支払いなどで対策に取り組んできた。

告発から始まった

農水省に「多面的機能支払交付金」と呼ばれる交付金がある。
地域の組合組織に対し、農地法面の草刈り、水路の泥上げ、農道の路面の維持管理、水路・農道・溜池の軽微な補修、農業施設の長寿命化等の支援に充てる交付金だ。


糸島市内には 80の組合組織があり、平成19年度から 総額で 21億8700万円以上が交付されてきたという。




この交付金は、農水省→福岡県、福岡県→糸島市、糸島市→各組合組織に交付という流れで支給されるが、令和元年12月、ある市民から九州農政局(熊本市)に告発があった。
市内のT行政区の組合組織「T環境保全組合(以下T組合)」は、平成19年の設立以来、13年間毎年250万円の交付金を受給してきたが、日当が支払われていないなど 不正の疑いがある」という内容である。

それを受け、九州農政局(熊本市)が同2年2月、T組合に調査に入り、平成26年度~30年度の5年分の書類の確認等を行った。


国の指導に対する回答

令和2年2月13日と14日、九州農政局の担当者が糸島市に来て、告発のあったT組合に対する抽出検査(運営状況の調査)に入り、その結果 交付金の使い方として不適切な処理がされている10項目(下図)の指導が行われた。

下図③で、「環境美化活動を年2回実施しているが、実施範囲を確認した結果、事業計画で位置付けられていない範囲を含む活動であり、本交付金の活動とは認められない」という指摘に対し、T組合から聞き取りをした市は、「別添位置図のとおり、『事業計画に位置付けられた範囲』で活動を実施しています。活動内容は水路の草刈り・泥上げ、農道の清掃、溜池の草刈等を行っています」と回答している。

しかし、地元関係者は「環境美化活動は、T組合による農地や水路等の清掃ではなく、何十年も前から市の呼びかけで春と秋の年2回実施する行政区ボランティア活動。活動内容は住民総出で道路や公民館、公園の清掃を行っており、環境美化活動を交付金の対象活動というのは虚偽の説明」と憤る。

交付金対象の作業であれば、行政区外に在住する組合員(入作農家)も環境美化活動に参加するところだが、この環境美化活動には参加していない。
地元の農業関係者によると、実際の草刈りや水路の泥上げ作業は、年2回、環境美化活動の1週間後くらいに農業者だけで「出方」として行なっているという。

実のところ、平成19年にT組合が設立されて以来、ごく一部を除き 殆どの組合員が自身が組合に属していることを知らないばかりか、組合総会は一度も開催されておらず、予算・決算の書類すら見たことがないという。
これが事実なら大問題である。

次に、下図⑦では、「実践活動における作業日報及び出面表が整理されておらず、活動記録に参加人数を確認できない」という指摘を受けた。
それに対し、作業日報・参加者名簿及び出面表を整理して、活動参加者の人数がわかるよう整理し提出します」と回答。

また、下図⑨では、「行政区の総会において、活動報告及び計画が報告がされており、多面の活動組織での総会開催を資料等で確認できない」という指摘を受け、「関係者の被りが多いため、行政区の総会と同時に開催していましたが、多面の活動組織としての総会も開催されており、総会資料・議事録・出席者名簿を提出します。今後は多面の総会は、行政区の総会とは明確に区別して開催します」と回答している。

⑦と⑨は、5年分の資料がないとの指摘である。
T組合においては、作業日報、参加者名簿、出面表、多面の活動組織での活動報告、計画などの資料の作成を指導された。

総会が一度も開催されていないのが事実なら、どうやってこれらの資料を作成するのか非常に興味深い。
しかし、残念ながら 致命的なミスを犯してしまったようだ。






情報公開で判った衝撃事実

令和2年2月の九州農政局の抽出検査で10項目の指導があったと書いたが、同3年5月14日にT組合が組合員に経過報告として配布した資料(下図)によると、その指摘・指導内容はかなり厳しいものだったことが判る。

また、農政局の調査に立ち会った県の担当者が、同年5月20日に県と市とT組合の幹部による会議で、「活動参加者への支払い事務に疑義がある」、「支払い調書の受領印に同じものがあり支払われているか疑わしい」、「一部は支払われていない」と根拠書類が疑しいと指摘していたことも 記録として残っている。
つまり、 農政局も県も 疑わしいということを認識していたと思われる。




九州農政局の検査後、T組合は5年分の書類作成に取り掛かったが、それに加え、同年6月農政局から、平成26~30年度に支払われた日当の一部を 全組合員に再配布するよう最終指導があっていた。
というのも、T組合が「日当は、『公民館の建て替え費用』として行政区に全額寄附をすることを総会で決議した」と説明していたにも拘わらず、その合意文書や総会議事録が存在しなかったからである。

T組合は 5年分、述べ人数661人分、総額 264万4000円を 各個人に支払った上で、あらためてそのほぼ全額を 公民館建て替え費用として行政区に寄附してもらっている。
その上で、T組合は、農政局が求めた5年分の総会資料や支出された費用の領収書、出役者の氏名が確認できる作業日誌、作業場所、内容が確認できる書類、各種団体の会員名簿を急いで作成し、市に提出した。

市は書類に問題はなかったとして県に送り、最終的に 九州農政局が 令和2年12月、指導した10項目全てが改善されたとして 今回の問題はけりが就いたはずだった。
ところが 令和3年、ある組合員が県に対し、自分の領収書の開示を求め情報公開請求を行った結果、本人の筆跡ではないことが判明したのである。

そこで、あらためて複数の住民が T組合が提出した書類(平成26~30年度の5年分の作業日報、参加者名簿、出面表、活動報告、領収書など)を情報公開請求により確認したところ、驚くべきことが判った。

・自筆なのに筆跡が自分のものではない
・自筆なのに名前が間違っている
・活動に参加していない90歳過ぎの女性の領収書がある
・既に引っ越して活動に参加していない人や亡くなった人の領収書がある
・領収書の日付は 小学校の運動会の日で 活動は行われていない
など、考えられない領収書が次々出てきたのである。


自筆ではない領収書






県は再調査要請、裁判所は偽造を認定

3月18日の市議会で紹介された話である。

令和2年6月30日の日付で、交付金対象の活動に 8回参加した日当1万6000円の領収書がある。
実はこの領収書を書いた女性は 当時93歳、一度も活動に参加していないが、自筆のサインである。
実は、お金を配りに来た人から 「迷惑はかけないからサインと捺印をしてほしい、それは公民館の建て替えに寄附するから」と言われ 断れなかったという。
働いていないのに日当を受け取ったことにして、交付金が他の目的に流用された。
詐欺に加担したみたいで後悔していると。

そこで市議が執行部に「活動の日当がもらえるのは組合の構成員だけではないのか」と質問、それに対し担当部長は「構成員の世帯の家族に日当が支払われるケースもあり問題はない」と答弁。
ところが、この女性は独り暮らしだったと明かされた。



これはほんの一例だが令和2年6月の話で、九州農政局が把握していない新しい事実である。
一方、県は令和3年に情報公開請求に応じた際、この件を含め 虚偽が疑われる領収書等などの書類が多く存在していることを把握しており、令和4年12月と同5年3月の2回にわたり、県知事名で糸島市に対し再調査を行う依頼文書を出している。

ところが、市は再調査を行わない旨 県に返答したというのだ。
県の担当者に確認したところ、「市が再調査を拒否するとは想定していなかった。粘り強く 再度要請する」と 戸惑っていた。

市議会において複数回、市議が偽造書類があるかを再調査するよう求めてきたが、市は「領収書にサインや印鑑があれば信用するしかない」「市の事務は適切、地域の問題は地域で解決を」と積極的に調査をする答弁はなかった。
新事実があり、県知事が要請しているにも拘わらず、なぜ市は 頑なに再調査を拒むのだろうか。

ところで、現在この問題に関連する複数の裁判が行われている。
一審判決が出た裁判では、本人や家族の了解を得ずにサインしたことを認めている証言者もあり、偽造された領収書が複数あることや日当支払の虚偽報告について真実性が認められると結論づけている。



交付金や補助金を、飲み食いに使ったとか、旅行に行ったとか、昔はよくそんな話も聞かれたが、今の時代、旧態依然としたやり方は通用しなくなっている。
今回、公民館の建て替えという 公的な目的があったのは理解できても、一部の関係者しか知らない話で、組合員が活動に参加しても日当も支払われないことが状態化し、虚偽の文書まで作成されていたとなれば 看過できない。

また、農政局の調査後にT組合が提出した 平成26年から30年まで5年間分の総会資料(会議録・委任状・決算書類等)は 実際に行われていないことが分かっており、再調査をすれば虚偽の書類が作成されていることが明らかになるはずだ。

糸島市の立場も苦しいだろう。
しかし、県知事名で再調査を求められ、裁判所も虚偽報告は真実と認めている事案である。
放置すると 今後問題が大きくなり、市の幹部の責任問題に発展するかもしれない。

また、市議会もできれば 触れたくないというのは想像できるが、法令違反が議会で取り上げられているにの 何もしなかったと言われかねない。

この問題は、移住者も多い糸島市の新時代に向けた一つの試金石とも言える。
市や市議会の今後の対応を注視していきたい。