【今昔物語】 土地のカラクリ  [2012年3月2日13:36更新]

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かつて福岡市には海が満ちると消え、潮が引くと現れる土地があり、そこに役所が公営住宅の下水管を埋設し、所有者である有名な地面師が役所を訴え、裁判沙汰になった事件もあった。その人物が亡くなったときには、この問題の不動産のほかに約17億円の現金が残ったと話題になったほどである。しかし「悪銭身につかず」とはよく言ったもので、人の良い二代目に甘い儲け話が次々と持ち込まれたが、どれも上手くいかず、最後は暴力団から資金を借りたため、厳しい追い込みをかけられ消息不明になったようだ。 また40年ほど前の話だが、中央区の那珂川護岸工事で細長い所有者不明の土地が出来、ここに鹿児島のホテル経営者が上場企業の広告看板を堂々と立て、税金を払って実績を示した後に取得し、その後に高い金額で買い取らせた件など、土地に関するエピソードは数多い。

太宰府天満宮で有名な、観世音寺地区を舞台にした詐欺話もある。鉄筋加工業者が福岡市内の鋼材商社に、かなり広い観世音寺の土地を担保にして与信枠を設定し取引を申し込んだ話で、提出された登記簿謄本の1番抵当には商工中金が極度額6000万円の担保を設定していた。当時は土地価格の6掛けが相場だったから、謄本を見た誰もが1億円の価値があると判断したのは言うまでもない。鋼材商社の管理部長は、仮に2000万円の取引に失敗して不良債権が発生しても、商工中金に6000万円を支払い、担保物件の山林を取得し、造成して宅地として売り出せば、数億円の土地に化けると皮算用をしていたようだ。

管理部長から相談を受けたとき、余りにも美味し過ぎる話に疑問を感じ鉄筋加工業者を調査すると、裏に有名な地面師が隠れているのが判明した。管理部長を納得させるため、専門家と共に現地を調査したところ、何と四王寺山の中腹であった。おまけに宅地開発しようにも、担保提供された土地に行く道が無く、開発がまったく不可能な土地で唖然としたが、四王寺山の中腹と言えども観世音寺に間違いは無かった。よくこんな土地を見つけてきて、見事な絵を描いたものだと、地面師の知恵に驚き敬服した。

その後、鉄筋加工業者は資金繰りが悪化し、高利借入や融通手形取組みで倒産、相談を受けた鋼材商社は難を免れたが、いくつかの同業他社は不良債権が発生した。  だがこれには後日談がある。商工中金を訪問した折に、観世音寺の土地担保の件を聞いてみたところ、鉄筋加工業者との融資はおろか、取引もまったく無いとの返答で、完全な作り話の担保設定だったのである。商工中金が1番抵当で6000万円設定したということは土地価格が1億円だと、相手が勝手に判断する欲も計算づくの実に見事な演出であった。

当時の取引で担保を提供する側は、取引に失敗すると土地を失うため、権利書や印鑑証明書など厳しくチェックされるが、担保を設定し融資する側は、簡単な印鑑で取引出来るところに盲点があったように思える。それにしても勝手に商工中金を名乗り、担保設定した人物は未だに不明である。

(福岡県民新聞 第62号 2012年2月15日 掲載記事 )