市民と手を取り合って 「ひかり作業所」の30年(下) [2007年7月15日13:33更新]

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(07年7月号掲載) 

30年前、九州の一角に灯った障がい者の希望の灯火、ひかり共同作業所は今、社会福祉法人福岡ひかり福祉会(伊藤明夫理事長)として大きく翼を広げている。

その翼下には、認可施設「ひかり作業所」、その分場施設「工房陶友」、同じく分場施設「あかり」、障がい者がその中で生活しながら働く「かしはらホーム&デイサービスセンター」(認可施設)、地域活動支援センター「第2ひかり共同作業所」(認可施設)、グループホーム「たんぽぽ荘」「寅」「秋桜」、さらに高齢者対象事業として、高齢者デイサービスセンター&ショートステイ&グループホーム「託老所よりあい」「託老所第2よりあい」があり、ひかりグループを形成している。



社会福祉法人の認可は1991年11月。翌92年4月に認可施設「ひかり作業所」が完成した。

実は 「作業所」という名前のまま、認可施設になるにあたっては、ひとつの闘いがあった。行政としては、一般の労働の場という印象を与える「作業所」という言葉は福祉施設にふさわしくない、というのである。しかし、まさに障がい者の働く場を切り開くために奮闘してきた障がい者の仲間たちと支援してきた人々には、これは絶対に譲れないことだった。

認可施設の分場施設という枠組みを作ったのも福岡で初めてだった。「工房陶友」は陶芸好きの障がい者が集まってお寺の離れを借り、92年に無認可作業所として出発した。認可施設にしたかったのだが、規模が小さすぎた。そこで、これを既存の認可施設の分場と位置づけたらどうかという発想が生まれた。施設建設の募金運動とともに、福岡市との話し合いを重ね、95年4月に福岡市で初めての分場認可施設が誕生した。

障がいが重度で作業所に通えない仲間がいる。これをどうするかは長年の課題だった。「24時間、まるごと受け止める生活施設を作る以外にない」。ひかり福祉会は96年、「ひかりと共に生活施設をつくる会」を発足させ、幅広い市民と一緒に生活施設づくりに取り組んだ。6年がかりの募金運動、土地探し、行政との話し合いをへて2003年11月に誕生したのが「かしはらホーム」だ。「人間らしく生きる」をテーマに、個室を保障するなど「ひかりの理念」を体現する施設となった。

「託老所よりあい」は92年に独自に出発して、95年にひかり福祉会に合流、デイサービスセンターとして認可された。 このように30年かけて営々として築き上げてきた障がい者のよりどころだが、これを突き崩しかねないのが昨年4月に一部施行、10月から全面施行された障害者自立支援法だ。「自立をうたいながら自立を奪う、障がいを持ったことを個人の責任のように扱う。世界の流れと全く逆行しています」と、ひかり福祉会事務局長で、かしはらホーム所長の古賀知夫さんは憤る。

記念すべき30周年を逆流の真っ只中で迎えることになったが、古賀さんは「しかし、30年前とは違う。障がい者が地域の中で生きることは当たり前になっています。市民と手をつないで、この逆流を押し戻していきたい」と決意を語る。