03年10月20日、ソナック小学校の校庭は多くの人でにぎわっていました。開校式は午前10時からだというのに、8時前から親も生徒も、関係のない人たちまでも集まっているのです。みな、どことなく嬉しそうです。 この日を迎えるために日本から現地入りしたのは9月13日でした。翌日未明にクーデターが発生。心配した多くの人から電話をいただきましたが、幸い平和裏に大統領が交替し、武力衝突などの大事には至りませんでした。 それは良かったのですが、私たち日本人はマラリアやひどい結膜炎にかかるし、下痢と便秘の繰り返しでした。約2カ月の滞在期間中、水はほとんど出ず電気はまったく供給されませんでした。 本当に開校できるんだろうか? ギニアンでなくても希望を失いそうになります。 まず最初に準備状況をネネに聞くと、「生徒は10人しか集まっていない・・」 ええっ? ラジオで募集するのがここでのやり方です。でもそんな悠長にやっている場合じゃない、家庭訪問しかない! とはいえ、ギニアビサウは慣習にとてもこだわるお国柄です。生徒獲得のために家庭訪問というのは普通ではありえません。ネネに「家庭訪問、まずいかな?」とたずねると「いやあ、そうでもないんじゃないかな・・」 よし! 「わたしたちは『普通』じゃないんだから、やるよ!」 開校時の生徒数は180人の予定なのです。とりあえず「120人は確保しよう」と目標を立てました。 ここで力を発揮したのがスタッフの奥さんたちでした。彼女ら3人と日本人3人が2組に分かれて周辺の家々を回りました。すると、すぐに反応がありました。入学手続きに訪れる人が出てきたのです。 10月3日に120人を突破したので<ひょっとしたら180人集まるかも・・> その後続々と人がやって来て、開校までに生徒数は208人になっていました。 特にマーナ(ネネの奥さん)のパワーには驚きました。時には赤ん坊をおぶって行きましたし、すでに別の学校に申し込んだ人にさえ「そうねー。でもね、ソナックがいいよ。図書館があるのよ。水道もトイレもあるし、1年目は教科書をプレゼントするし・・」と堂々と言っていました。 熱心に回るうち、日が落ちて周囲が真っ暗になりました。すると「ババさん、50歳の目と25歳の目は違うのよ!」と言って、私の手を取って連れて帰ってくれるのです。 夜の7時半ごろにセンターに着くと、暗闇の中で男たちが子どもたちに手を焼いて、ただ座って待っています。誰もが私たち女性のパワーのすごさを認めてくれて、マーナも私も鼻高々でした。 <【下】へ続く>
ギニアビサウからの手紙 第12回 【上】 [2009年1月5日08:24更新]
タグで検索→ |

