女性大将、22歳の心意気 [2012年8月1日16:41更新]

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「屋台をやっている親戚が体調を崩したことから手伝うようになりました」  下村さんは高校卒業後にアルバイトをしながら、飲食に限らず自分の店を持つことを目標にしていたという。屋台をやっている親戚のことや、年々屋台が減っている話を聞いたのが、そんな20歳の頃だった。 2010年10月に家族の名前の頭文字を1つずつとってつけた「須崎屋台かじしか」を始めて2年目になる屋台の大将だ。サラリーマンの家庭だったが、父・克彦さん(45歳)は食べ歩きが好きで、外で食べた料理を家庭で作りふるまっていた。女性なら普通は女将だが、年も若く女将という雰囲気ではないことから、大将の方がいいと薦めたのも父親だという。

「父は私が屋台を始めることに積極的で、始めて2ヶ月後から、手伝ってくれるようになって精神的にも助かりました」。今では娘が大将、克彦さんが小大将だ。

朝10時から糸島に食材を仕入れに行く。昼頃に家に帰って仕込みの時間。夜7時から深夜2時まで営業、家に帰り着くのは深夜4時。「かじしか」の特徴は値段表が明示してある明朗会計。糸島の新鮮で珍しい野菜を豚バラ肉で巻いた串や魚の串が、ネタケースに並べられている。また女性大将らしい細やかな心遣いと気配りや清潔さがポイントで、屋台で問題になるトイレは、近くのホテルが利用できる。屋台で使う水も、トラックに湯沸かし器と水タンクを載せ、常に綺麗な水が使えるようにした。「溜め水洗浄は絶対しません。衛生面は特に気を付けています。屋台を始める前の私の屋台への印象は『汚い、くさい』というものでした。そのイメージを変えたいという思いがありました」。

最初は時間も掛かり、客を待たせることで、自分のふがいなさに悔し涙を流すことも多かったそうだ。酒に酔った客のあしらい方もしらない20歳そこそこの女の子には辛いこともあったのだろう。「中洲のお姉さんも来るので、色々と教えていただきました」。

今では地元客が7割、観光客が3割と客層も安定している。下村さんは今後の目標を「博多一の屋台にしたい。『屋台と言えばかじしかやろう』と言われる存在になりたい」と語るが、きれいな屋台で、美味しい食材が並んでおり、毎晩大勢の客で賑わっているとの評判だ。詳しくはウェブ「かじしか」で検索してみてはいかが。