義援金の行方は? 西方沖地震の被災地・志賀島の例 [2007年9月15日15:00更新]

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(07年9月号掲載) 

移設された忠魂碑(志賀島)2005年3月20日。北部九州を襲った突然の大地震(西方沖地震)は、多くの県民の脳裏に焼き付いている。

玄界島(福岡市)など、今もなお地震の爪跡が残る場所もあるが、2年半が過ぎた現在は、ほとんどの地域が被害から復興を遂げたといっていいだろう。その過程では、多くの人々や企業から寄せられた義援金が重要な役割を果たした。

だがその一方、配分や使途をめぐって山崎広太郎市長(当時)が昨年、「義援金を使った選挙活動」と指摘されるなど問題もあった。義援金はどう使われたのか? 人々の善意は活かされたのか? 90%以上の世帯が被害を受けたという志賀島(東区)の例を取材した。



 

志賀島の護国神社にある「忠魂の碑」(写真上)。高さ約6㍍、日清・日露戦争の戦没者を悼むため昭和初期に建てられたという。地元小学校内にあったが地震で倒壊。今年3月、ここへ移設された。

碑の後ろには地元自治協議会関係者や「志賀島復興基金」のメンバーの名が彫られたプレートが。「この移設工事は義援金を使って行われたんです。それも、一部の人間だけで決められた」。そう語るのはある住民だ。

忠魂碑移設に使用 後ろに名前入りプレート 「売名行為」の声も

志賀島の住民有志が島の再建を目指して復興基金を立ち上げたのは地震直後。ボランティアで運営を行い、祭りなどの機会を利用して一般から広く義援金を募り最終的に約1000万円を集めた。中には福岡市から送られた、アメックス社からの100万円も含まれているという。このうち約450万円が碑の移転費用に充てられた。

復興基金の関係者は「今年初めに自治会や子ども会、老人会などに振り分けることが決まったが、忠魂碑の移設の話は少なくとも私は聞いてない、事後承諾です」と話す。工事を請け負ったのは、基金の理事長が関連する会社である。

碑の後ろの名前入りプレートについては、「義援金を使った売名行為ではないか」との批判が相次ぎ、今年5月に撤去することが決まったが、いまだにそのままだ。「お金をいただいた方に申し訳ない、恥ずかしい」(ある住民)。

ある自治会関係者は「碑の移設は誰かがやらないといけなかった。義援金を使うのはいいと思うが、せめてその使途は公にするべきではないか」と語る。

「復興の碑」は? 不透明な収支

復興の碑さて、その自治会である。

島の東側、海岸線を走る道路脇に建てられた「復興の碑」(写真)。地震で道路に崩落した石を利用したこの碑が完成したのは昨年3月。建設費用は、地元自治連合会に寄せられた「見舞金」から出されている。

完成時には山崎市長が参加し大々的に除幕式が行われた。碑の台座には忠魂碑と同じく、自治協議会長など地元関係者の名前が。

「忠魂碑の場合とはまったく違う」と話すのはある自治会関係者。「復興基金は、こちらから向こうに出て行き頭を下げ、もらった『義援金』。自治会に届いたのは向こうから自発的に送って来た『見舞金』。見舞金は、こちらがどう使おうと勝手でしょう?」。

またほかの自治会関係者は「復興基金と違い、こちらは収入の明細などを掲示板に張り出して、公開している」。ではその張り出した資料を見せてほしいと求めると、「外部の人間に渡していいものか理事会に諮らないといけない」。

チラリと見せてもらった資料には、復興の碑建設関連費として計80万円が計上されていた。自治会関係者は「最初の見積もりは70万円だったが、最終的に倍くらいになった」と話していたのだが…。

前福岡市長 市内校区に一律配分 「選挙運動」と批判も

福岡市は昨年7月、第2次義援金約4654万円を、市内の小学校区など計147組織に一律31万円ずつ配分することを決定。玄界島など被害の大きかった4地域についてはさらに上乗せされた。志賀島地域には計131万円が届けられたという。

この配分方法について、地域によって被害程度に差があるのに一律に配分したこと、11月に市長選が迫っていたことなどから「義援金を使った事実上の選挙運動」「公選法違反の疑いもある」と一部メディアが指摘。だが選挙前の微妙な時期だっただけに、批判が表面化することはなかった。

また05年末には県の義援金をめぐり、前原市では1千万円以上の配分を受けた校区がある一方、隣接する福岡市西区では、被害が大きかった校区でも100万円にとどまったことについて、県議から「被害の大きい被災地に配られるべきなのに格差が出ているのはおかしい」との声も上がった。

 

義援金の配分や用途は法で明確に定められているわけではないし、公表の義務があるわけでもない。また、被災地にはそれぞれ事情があることも承知している。

だが、多くの人々の善意に応えるためにはせめてその使途を公表し、誰に対しても恥ずかしくない形で復興に使ったこと、被災者に役立ったことを示すべきではないだろうか。