判事12人の罷免を請求 「悪意もって財産奪った」  [2007年7月15日13:40更新]

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(07年7月号掲載) 

田川市で鉄工所を経営していた男性が、福岡銀行(本店福岡市)などを相手に起こしていた一連の民事裁判に絡み、この男性側が「裁判所は、競売執行の手続きに誤りがあったのに原告側の申し出を却下し、悪意をもって人の財産を略奪した」などとして福岡高裁、地裁田川支部などの裁判官12人を対象に罷免を求める文書を裁判官訴追委員会(東京都・永田町)に送った。

今後、国会議員らで構成される同委員会で男性側の請求が調査・審議され、裁判官を弾劾裁判所に訴追するかどうか決まるが、訴えが受理され弾劾裁判の開始が決まれば、12人もの数の裁判官の行為が公の場で問われるという、きわめて異例の事態となる。委員会の判断が注目される。
(写真=福岡地裁)



 

弾劾裁判の開始を請求したのは北九州市小倉南区、元鉄工所経営者の神前一郎さん(84)。請求書などによると、神前さんは1990年8月、田川市内に所有していた鉄工所と土地を担保に福銀から6000万円の融資を受けた。その後追加融資を持ち掛けられたが結局融資はおこなわれず鉄工所は99年、事実上倒産した。

これを受けて福岡地裁田川支部(写真)は00年11月に工場の競売開始を決定。工場と土地を差し押さえたほか、工場内の工作機械についても競売の対象とした。この機械類について神前さん側は「工場抵当法に基づく抵当権が設定されておらず、競売に掛けるのは間違い」と訴えてきた。

このため神前さんは一連の裁判の中で、担保物件の鑑定人と執行官の出廷を求めて証人申請を繰り返したが、裁判所側はことごとく却下。その上で原告の主張を退けてきたことなどが、裁判官弾劾法が定める罷免の事由「職務上の義務に著しく反し、または職務をはなはだしく怠ったとき」(同法2条)に相当する、などと主張している。

弾劾裁判は、身分にふさわしくない行為をしたり、職務上の義務に違反した裁判官を罷免させることができる制度。弾劾請求は国会議員20人で構成される訴追委員会で審議され、訴追の必要があると判断されれば同じく国会議員14人で構成される弾劾裁判所に送られて審理される。その結果罷免判決が出た場合、裁判官はその資格を失う。

やむをえない決断 裁判所の姿勢に怒り「手続きの誤りを隠蔽」

本紙3月号で取り上げた民事裁判がついに、12人もの裁判官の罷免を求めて弾劾裁判を請求するという事態へと発展した。原告側は「競売手続きに誤りがあったにもかかわらず、それを認めたくないから我々の訴えを退けている。公正・公平であるべき裁判所としてあってはならないこと」と怒る。

だが、弾劾裁判の開始までには「高いハードル」が待ち受けており、請求が受理される可能性はきわめて低い。それを承知の上で今回の請求にいたった原告の決断は、司法の権威を根本から揺るがしかねない裁判所の姿勢に業を煮やした、やむをえないものといえる。

一連の民事裁判は、融資をめぐる銀行と鉄工所のトラブルに端を発したもの。その中で、抵当に入っていた工場と土地とともに競売に掛けられた工作機械の扱いについて、本紙は「実際はそうではないのに、工場抵当法による抵当権が設定されていると、裁判所側が勘違いしたのではないか」と指摘した。

工場抵当権は、通常の抵当権が及ぶ範囲についての問題を補うための特別法で、工場・土地に抵当権を設定した後に搬入された機械類などについても効力が及ぶ。これを設定する際には登記簿に機械の目録を添付しなければならない。

本紙が複数の融資実務経験者や工場経営者に取材したところ「こういうケースでは通常、工場抵当法に基づいて抵当権を設定し、目録を付ける。そのための特別法なんだから」との答えがほとんどだった。一方、「工場内の機械類まで通常の抵当権が及ぶかどうか」について法曹界では、純粋な法解釈論として意見が二分しているのも、また現実だ。

原告側は、こうした法解釈の議論とはまったく別に「競売手続きの過程について検証して」と、担保物件の調査鑑定人と、「工場抵当法関係の機械器具等の調査」(注―登記簿に目録は付いていない)と書かれた報告書を提出している裁判所執行官を証人申請。だが裁判所側はことごとく却下してきた。

原告側によると、この鑑定人は原告側に対し「工場抵当法の存在は知らなかった。だが、通常は抵当権を設定すれば機械も対象となる。全国の鑑定人はそう判断している」と語ったという。一方、執行官はこの後裁判所を退職しているという。

さらに原告を憤らせたのは、法廷での裁判所側の対応だ。田川支部における裁判では、職員7人と県警田川署員2人が原告らの身体検査をするなど、80歳過ぎの高齢者らを相手に考えられない警備体制を取った。また、神前さんが法廷で裁判官の忌避を申し立てたのだがその声は無視され、強引に閉廷したという。

しかし・・「勝算なき抵抗」か

一般市民にはなじみの薄い弾劾裁判だが、実際には数多くの開始請求が出されている。その大部分は「判決に納得がいかない」など、法で定めた弾劾の理由に当たらないもので、弾劾裁判開始までいたるものはわずか。また、裁判官が罷免されたケースも「児童買春をした」など、法定外の行為が対象となり、個人の資質の問題として片付けられるものがほとんどだ。

原告は従来から、裁判所が証人申請を却下するのは自らの誤りを隠蔽するためと指摘。だからこそ「悪意を持って財産を奪った」と、12人もの裁判官の罷免を求めた。本紙がこの件を取り上げるのも、競売手続きを検証せず門前払いを続けるなど、裁判所の態度はまさに「司法の権威を失墜させる行為」と、取材を踏まえて独自に判断したためだ。

原告らの請求はまず、その訴えが弾劾裁判を開くに値するかどうか、裁判官訴追委員会で審議される。だが、司法の権威に関わる問題だからこそ逆に、不訴追となるのではないか。「弾劾の事由」に関する法の規定は非常にあいまいで、今回の請求理由は判決に関わる内容だと考えると「弾劾の事由に当たらない」とされる可能性が高い。

仮に、委員会が訴追の判断をし弾劾裁判が開かれたとしよう。現在、弾劾裁判所の所長は保岡興治衆院議員。裁判官・弁護士の経験があり、法務大臣を務めたこともある「司法通」だ。多数の裁判官が罷免されるという事態がどれだけ影響を与えるか考えた結果、「司法界全体の利益」と「法秩序の維持」が優先されるであろうことは、容易に想像できる。

さらに別の事情もある。本紙はこれまであえて触れなかったが、競売が開始された直後、神前さんの親族がそのことを苦に自殺している。競売手続きにおける裁判所側の非を認めれば、「関係者を死に追いやった」と指弾されかねないのだ。

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