自民県連会長職めぐり国会議員vs地元議員の対立勃発 [2007年6月15日17:30更新]

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(07年6月号掲載) 

自民党県連本部(福岡市博多区)福岡・北九州両市長選での公認候補敗北、統一地方選での民主党の躍進―。自民党に対する逆風が渦巻く中、同党福岡県支部連合会(県連)の会長ポストをめぐり、国会議員と地元県議団の間で激しい綱引きが展開された。

それぞれの思惑が絡んで二転三転した結果、県議としては14年ぶりに新宮松比古氏が就任することで決着。前会長の原田義昭衆院議員はわずか3カ月半の在任期間となった。

7月の参院選を控え「自民劣勢」が伝えられる中、県連を揺るがした「ドタバタ劇」。今回生じた内部の「亀裂」が、今後の県連運営に悪影響を及ぼすことを不安視する声も上がっている。
(写真=自民党県連本部)



 

ことの発端は5月9日、自民党本部(東京)であった県選出国会議員の朝食会だった。蔵内勇夫県議が会長擁立案を出したとたん、国会議員は猛反発。これまで会長職は国会議員が通例の上、当時の原田会長は就任して3カ月足らず。怒るのは当然といえた。

妥協案も実らず

だが、一歩も引かない蔵内氏ら。県議団内に「選対本部」を設置し、立候補に必要な「推薦人」集めを開始、「会長選」への突入も辞さない構えを見せた。それでも、国会議員側は強硬な姿勢を崩さない。「選挙戦もやむなし」と思われた。

しかし、フタを開けてみれば結局立候補者はなく「最悪の事態」を回避。水面下で両者が歩み寄り「原田氏は当面続投、参院選後に仕切り直し」という妥協案を提示、双方が手を打った。「参院選前の大事な時期に会長選などやっては、どんな結果になってもお互いしこりが残る。得策ではない」との思惑からだった。

これで一件落着―と思ったのも束の間、「参院選後も原田氏が無条件で続投」との情報が流れたことから、一部の強硬派県議が反発、あらためて新宮氏擁立に動き出した。5月28日、県連史上初の会長選考委員会で「会長は新宮氏」と決定、結局国会議員側を押し切ってしまった。

首長選めぐる軋轢

今回の両者の対立の背景には、昨年の福岡市長選以来の軋轢がある。同選挙で党本部は、現職だった山崎広太郎候補の推薦をいったん見送り「国会議員は何を考えているのか」と地元議員の反発を買った。4月の知事選でも、党本部は現職候補の麻生渡氏を推薦せず、同氏は「県民党」を掲げて選挙戦を展開。実質的に支えた地元議員らは「日陰の存在」に甘んじた。

さらに、原田氏側の対応を疑問視する向きもある。「妥協案を素直に受け入れるべきだった。彼には政治的センスがないね」(県連関係者)。また「原田氏は面倒見が良くない。選挙の後でも県議に『ご苦労さん』の一言すらなかった」(同)との声も漏れて来る。

亀裂は解消されず

県議が会長を務めるのは93年の早麻清蔵氏(95年まで)以来。「当時は奥田(八二氏)知事時代の3期目。2年後に知事選を控え、『何としても新知事を』という大義名分があった。そのためには県議がやるのがいい、と。古賀誠、麻生太郎両氏らもまだ若かった。あのころのようにはいかんでしょう」(県連関係者)。

一見「国会議員vs県議」の単純な構図に見える今回の騒動。しかし、自らの選挙をにらみ、地元議員を敵に回したくないとの思惑からか、「少なくとも数人の国会議員は、新宮氏を推していた」という。

国会議員間の根回しなど、ただでさえ県議には荷が重い役目を負う会長職。そればかりでなく、今回の騒動で生じた県連内の〝亀裂〟は解消されないまま。新宮氏にとって参院選は最初の「試金石」となりそうだ。