【お耳拝借!】由布院ブランドの確立 [2009年2月25日13:12更新]

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本紙主催の賀詞交歓会講演より 由布院玉の湯会長 溝口薫平(09年2月号掲載)

由布院玉の湯会長 溝口薫平氏おかげさまで今でこそ由布院(大分県)は、日本各地から多くのお客様にお越しいただけるようになりました。ですが約40年前までは山間の1寒村にすぎず、ほとんどお客様もいないような状態だったんです。 

当時、東京に行くと必ず出身地を聞かれました。由布院など知らないだろうから「九州」と答える。すると「九州のどこか」と聞かれ仕方なく「別府」と(笑)。後は言葉をにごしていました。実際、「奥別府」と紹介されたこともありましたし。 

自分が暮らす場所を、胸を張って言えるようになりたい。それにはお客様がお越し下さらないと仕方がない、何とか仲間で力を合わせてやっていこう、と頑張ってきたんです。



3人が力を合わせて  

1970年代のことです。どこかお手本になるような場所はないかと思案しておりましたところ、ある外国のお客様が「参考にするならドイツの温泉保養地がベスト」と助言してくださいまして。それでヨーロッパ視察を決めたんです。 

この時一緒に行ったのが「亀の井別荘」の中谷健太郎さんと「夢想園」の志手康二さん。何せ1米ドルが360円の時代。使える金など微々たるものだし、出発の時には盛大な見送りを受けたし、とにかく何としても有益なデータを持って帰ろうと真剣でしたね。 

われわれが訪れたドイツのバーデンバイラー市は人口5000人ほどの小さな温泉地でした。緑豊かで静かな、実にいい町で。こうした空間、環境をどうやって構築するのか。宿のオーナーにたずねると「1人ではできない。企画力、伝達能力、調整能力を備えた3人が必要だ」 

それは、われわれ3人にぴったりと当てはまりました。企画力の優れた中谷さん、伝達・広報は志手さん、そして調整役はかつて役所に務めていたこともある私が担当する。仲間同士がそれぞれの役割をこなし、力を合わせる。お互いが切磋琢磨しながら持ち味を活かしてきました。

本当のおもてなし  

バーデンバイラーで感心したのはもう1つ、宿のオーナーの温かいもてなし、心使いでした。 片言の英語しか話せない私たちのために、留学していた娘さんを通訳としてわざわざ呼び寄せてくれたのです。「せっかく視察に来たのだからそれに役立つように」と。

お客様を受け入れるということはそこまでするのか、これこそが「もてなす」ということなんだなと感服しましたね。 

お客様に安心感、安定感を与えるにはどうすればよいのか。そのためには自分たちの「顔」で勝負しよう、と。われわれ自身がお客様を真っ正面から受け止め、お相手させていただき、そしてまた来ていただく。それこそが本当のおもてなしなんだと思いました。 

実に収穫の多いヨーロッパ視察でした。あの時学んだこと、感じたことは今の由布院を築く土台になったと言っていいでしょうね。

お客様1人1人が媒体に  

「由布院はメディアの使い方が上手い」とおっしゃる方がいます。今でこそ多くの雑誌やテレビ番組がありますが、以前はそんなになかった。メディアに取り上げていただくために相当知恵を絞りました。 

まず「なぜ由布院なのか」を明確にしました。別府の特色は「男性客、団体、歓楽街」。ですから由布院は「女性客、小グループ、保養地」。こう対比させることで由布院の魅力を強調したんですね。こうした発想はマーケティングをする上で重要だと思います。 またメディアでの扱われ方にも注意を払いました。どのページにどのくらいの大きさで記事が載ったのか、誰が紹介したのか。細かいことのように思われますが、実は読者にとっては印象がまるで違う、非常に大切な要素なんです。 

それから何と言っても口コミですね。お客様1人1人が媒体となって、街の人に伝えていただく。人脈が広がり、さらなるお客様を呼び込むことができる。

多くの人に支えられ  

人脈が広がったおかげでいろんなアイディアが生まれそれを実現することができました。「湯布院映画祭」は映画館が町にないことを逆手に取ったわけですし、「牛喰い絶叫大会」は今や時代を風刺する代表的なイベントとなりました。 

とにかく多くの人と仲間に支えられ、本当に恵まれていると感じています。特に中谷さんと志手さん。3人バラバラにやっていたら、間違いなくだめだったでしょうね。平松守彦知事(当時)、地元の企業、もちろん福岡の方にも大変お世話になり感謝しております。 

これからもお客様との緊張関係を保ち、厳しい要求に応えられるよう、由布院ブランドに磨きを掛けていきたいと思っています。

★「由布院玉の湯」のHPはこちら

 

【溝口薫平】 <みぞぐち・くんぺい>
1933年、大分県九重町生(75歳) 由布市在住
日田市立博物館勤務後 66年、合資会社「玉の湯」に経営参加
82年、「株式会社玉の湯」代表取締役社長 04年より会長
西日本新聞に連載の「虫庭の宿」が今秋同社から出版予定

★本紙があらためて取材、再構成しています<随時掲載>